第5話 人狼ゲーム

百鬼夜行というのは、一直線に進むものじゃない。

あれは流れだ。

川のように蛇行し、時に澱み、時に渦を巻く。


その夜、五毛神社から摩耶へ向かう途中、

流れは一度、はっきりと止まった。


理由は単純だ。

夜が必要だった。


百鬼夜行は夜で始まり夜で終わるが、

その途中にもう一つ、

“閉じた夜”を作ることがある。


それが――

人狼の夜だ。


■ 場所について


場所は掬星台の少し手前、

かつて人が集まり、今は忘れられた東屋の跡。

摩耶観光ホテル

昔、保養所だった頃

教団の若者12人が失踪した曰くの廃墟

廃墟の女王とは言われているが異界の入り口である事に違いない。


建物は虚ろに揺れている。

朝靄がたちこめる

だが「集まる」という概念だけが残っている。


概念が残れば十分だ。

妖怪は、そこに座れる。


■ 役割の発生


誰が言い出したかは覚えていない。

だが、洗面鬼ではない。


彼女はあの時、

一歩引いて見ていた。


善之が笑って言った。


「せっかくだからさ、

 あれ、やろうや」


あれ、とは言わなかった。

だが全員が理解した。


人狼。


この時点で、

百鬼夜行は“行列”をやめ、

円になった。


円は危険だ。

上下も前後も消える。


神も人も、

同じ高さになる。


■ 人狼という遊戯の正体


人狼はゲームではない。

あれは縮小された裁判だ。


・正体を隠す者

・疑われる者

・何も知らない者

・真実を一部だけ知る者


――役割を与えられた瞬間、

参加者は“自分以外の誰か”になる。


妖怪にとって、

これは致命的に相性がいい。


なぜなら妖怪とは、

役割そのものだからだ。


■ 最初の夜


目を閉じる、という行為が発生した時点で、

夜は完成した。


誰も動いていないのに、

“選別”だけが進む。


この時、

山が一瞬、息を止めた。


理由は明白だ。

主を選ぶ条件が揃ってしまったから。


夜の裁定。

見えない殺害。

翌朝の告発。


神話の原型だ。


■ 善之の異変


善之は役職を明かさなかった。

当然だ。

人間だからな。


だが、発言が変わった。


・断定しない

・笑って受け流す

・だが、必ず“整理”する


これは危ない兆候だ。


裁く者ではない。

場を保つ者の態度だ。


主になる者は、

常に中立を装う。


■ 洗面鬼が見たもの


洗面鬼は、その様子を見ていた。


彼女の洗面器に溜まっていたのは血ではない。

過去に零れなかった疑念だ。


人狼の夜は、それを揺らす。


誰が疑われ、

誰が沈黙し、

誰が“許されたか”。


洗面鬼は理解した。


この場で零さなければ、

この疑念は山に残る。


それは良くない。


■ 対決の予兆


三日目の夜――

実際には数分だったが、

概念としては三日目。


洗面鬼が立ち上がった。


誰も殺さない。

誰も告発しない。


ただ一言。


「――あなたは、

 ここに残る人?」


善之は答えなかった。

だが、笑って酒を差し出した。


これで決まった。


■ 夜の解体


人狼ゲームは終わった。

勝者はいない。


だが、

主が生まれなかった。


それだけで十分だ。


百鬼夜行は再び列を成し、

摩耶山へ向かって歩き出した。


■ 結論


人狼の夜は、

百鬼夜行の“安全弁”だ。


主になりかけた者を、

もう一度、人の側に戻すための。


洗面鬼が怒らなかった理由も、

ここにある。


彼女は敵ではない。

流れを戻す係だ。


その夜、

彼女の洗面器から溢れたものは、

血ではなかった。


――安堵だ。


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