第4話 摩耶山掬星台の喫煙店より

ああ、今夜の話か。

いいだろう、煙が切れる前までだ。


百鬼夜行という言葉を、君はどう思っている?

恐ろしい行列? 魑魅魍魎の暴走?

――違う。少なくとも、あの夜は違った。


百鬼夜行とは交通整理だ。

溢れた怪異が、年の境目に“歩いて帰る”ための行事に過ぎない。


もっとも、歩く側はそれを祭りと呼び、

見る側は災厄と呼ぶ。

――名称の違いだよ。実体は同じだ。


その夜、私はいつも通り702を開けていた。

窓の外には神戸の灯り。

六甲の稜線をなぞるように、霧が下から這い上がってくる。


煙を吐きながら考えていた。

「今夜は来るな」と。


来る、というのは客の話じゃない。

境界が寄ってくる夜だ。


人間が人間であることを忘れ、

妖怪が妖怪であることを誇り、

山が山として呼吸を始める――

そういう夜だ。


ほどなくして、善之が現れた。

あの男は危うい。

本人は笑って酒を飲むが、

山に対して“敬意”と“馴染み”を同時に持ちすぎている。


これは危険だ。

神になる条件は、信仰ではない。

居心地の良さだ。


山が「ここにいろ」と言い、

人が「悪くない」と思った瞬間、

それは主になる。


百鬼夜行は、そういう“予備軍”を炙り出す。


夜半、五毛神社の方角がざわついた。

音はない。

だが、空気が「並び始めた」感触がある。


洗面鬼が最初に動いた。

朱色の洗面器。

血ではない、記憶の溜まり水だ。


彼女は怒っていなかった。

あれは誤解されやすいが、

洗面鬼というのは怒りの妖怪ではない。


溢れたものを零す係だ。


その夜、零す量が多かった。

理由は簡単だ。

人狼ゲームをやった。


――笑うだろう?

だが遊戯は儀式だ。

疑い、役割を与え、夜と昼を切り替える。


あれは人間が発明した、

もっとも洗練された小型百鬼夜行だ。


善之はその中心にいた。

笑っていた。

だが、笑いながら“裁いて”いた。


洗面鬼はそれを見ていた。

見て、決めた。


「試そう」と。


だから対決が起きた。

だが、戦いではない。

あれは確認作業だ。


この男は、山の側か。

それとも、まだ戻れるか。


結果は、知っての通りだ。


百鬼夜行が動き出す頃、

善之は神上がりしなかった。


理由?

簡単だ。


彼は宴を共有した。


主になる者は、与える側に立つ。

だが彼は、最後まで「一緒に食った」。


だから山は、彼を残した。


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