第2話 黄金の雨と、値札のついた裏切り

 歓声の波に揺られながら、俺たちの乗った馬車は大通りをゆっくりと進んでいく。

 沿道からは「聖女様バンザイ!」「奇跡の乙女に神の祝福を!」といった声が絶え間なく降り注ぐ。

 平和そのものの光景だ。

 だが俺の神経は、先ほどから警報を鳴らし続けていた。


(……おかしいな。視線が『粘り』すぎている)


 群衆の熱気とは違う、値踏みするような冷ややかな視線。

 それが一つや二つではない。パレードの進行に合わせて波状的に配置されている。


「聖女様、左手の屋根の上」

「ええ。分かっていますよ」


 並走する馬上のリーゼロッテが小声で告げる。

 彼女も気づいている。ドレス姿であろうと彼女は王国の騎士団長だ。殺意の所在を見誤るようなタマではない。


「どうしますか?パレードを中止させますか?」

「いえ。ここで騒げば民衆がパニックになります。……泳がせましょう」


 俺は笑顔で手を振り続けながら、胸元のリボンに偽装したバレットの頭を指で叩く。

 『仕事の時間だ、起きろ』という合図だ。

 幼竜は不満げにキュウと鳴き、赤い照準器の瞳を周囲に巡らせ始めた。


 その時だった。

 上空から舞い散る紙吹雪に混じって、キラキラと輝く「黄金の雨」が降り注いだ。


 チャリン、チャリチャリ……。

 石畳を叩く硬質な金属音。

 それは紙吹雪ではない。本物の「金貨」だった。


「えっ……金貨!?」

「空からお金が降ってきたぞ!」


 民衆がどよめき、我先にと金貨を拾おうと群がる。パレードの列が崩れ護衛兵たちの足並みが乱れた。

 混乱が連鎖する。

 これが合図だった。


 ズドンッ!!


 発砲音。

 沿道のビルから放たれた銃弾が、俺の頭を狙って一直線に飛来する。


「させませんわッ!」


 紅蓮の風が舞った。

 ヴェロニカだ。彼女は優雅に扇子を一閃させ、防御魔法で銃弾を空中で溶解させる。

 同時に群衆の中から数人の男たちが飛び出し、馬車によじ登ろうとしてくる。


「邪魔。……消えて」


 セツナのスカートが翻った。

 ミニドレスの裾から覗く太腿には無数の暗器が仕込まれている。彼女は踊るように蹴りを放ち、そのつま先に仕込んだ刃で暗殺者の喉を掻き切った。

 鮮血が金貨の上に撒き散らされる。悲鳴。パニック。


「警護班!敵襲だ、聖女様をお守りしろ!」


 リーゼロッテが剣を抜き、周囲の王宮近衛兵に号令をかける。

 だが兵士たちは動かなかった。

 それどころか彼らはニタニタと笑いながら、銃口をあろうことか「俺たち」に向けたのだ。


「悪いな騎士団長閣下。……今回ばかりは割のいい方につかせてもらうぜ」

「なッ……!?貴様ら、謀反かッ!」

「謀反?まさか。これは『商談』成立ってやつさ!」


 兵士の一人が叫ぶと同時に一斉射撃が開始された。

 味方の裏切り。

 最短距離からの十字砲火。


「チッ……!」


 俺はとっさにドレスの裾を翻し身を屈める。

 だがそれよりも早く、黄金の影が俺の前に立ちはだかっていた。

 リーゼロッテだ。

 彼女はドレス姿のまま愛馬から飛び降りて俺を庇った。生身の背中で銃弾を受け止める気だ。


「リーゼロッテ!」

「ぐぅぅッ……!」


 数発の弾丸が彼女の背中に着弾する。

 だが血は流れない。

 ドレスの下――鍛え抜かれた筋肉と、彼女が常に展開している高密度の『闘気オーラ』が鉛玉を皮膚の上で止めていたのだ。

 まさに鉄壁。イブニングドレスすら、彼女にとっては戦闘服に過ぎない。


「……私の目の黒いうちは、聖女様には指一本触れさせんッ!」


 彼女が一喝すると裏切り者たちが気圧されて後退る。

 そこに道路に散らばった金貨を踏みしめながら、一人の男が歩み出てきた。


「ハッピーバースデー、聖女様」


 野太く下品なバリトンボイス。

 現れたのは身長二メートルを超える巨漢だった。

 特筆すべきはその格好だ。彼は全身を眩いばかりの『黄金の重装甲』で固めていた。兜も鎧も手に持った巨大なハンマーも、すべてが純金で作られているかのように輝いている。


「私の名前はミダス。しがない傭兵家業の身だがね」


 黄金の男は丁寧すぎるほどのお辞儀をして見せた。


「君の首には、私の体重と同じ重さの金塊が懸けられているんだ。悪いが死んで換金所に行ってもらえるかな?」


「傭兵……。つまり、金で雇われた殺し屋ですか」


 俺はリーゼロッテの背中越しに男を睨みつけた。

 帝国軍の制服を着ていない。思想も忠誠心もない、ただの雇われ部隊。

 だがその装備と手際は一流だ。これだけの近衛兵を買収し市街地に潜伏するには莫大な資金が必要になる。


「買収工作に随分と投資したようですね」

「ああ。この世に買えないものなどないからな」


 ミダスは黄金のハンマーを軽々と振り回す。


「正義も、忠誠も、愛国心も。金貨を積み上げれば誰だって尻尾を振る。……君の可愛い部下たちも、値段次第では私に寝返るかもしれんぞ?」


 下卑た笑い声が響く。

 その言葉にリーゼロッテが憤怒で顔を赤くし、ヴェロニカが侮蔑の眼差しを向け、セツナが無表情のまま殺気を膨れ上がらせる。


(……やれやれ。地雷を踏んだな、成金野郎)


 俺は心の中でミダスに同情した。

 こいつは分かっていない。この世には金よりも重く、厄介で、ドロドロとした感情が存在することを。


「……残念ですが、私の心臓ハートは金ピカではありません」


 俺はドレスのスリットから白脚を覗かせ、ガーターベルトのホルスターに手をかけた。


「古ぼけて、錆びついた『鉄』でできているんですよ」


 祝いのパレードは終わりだ。

 ここからは値札のつかない鉄屑たちによる、泥臭い喧嘩の時間だ。

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