聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄がある IV ~聖女への「祝い」は、鉄杭の火花だけでいい~
すまげんちゃんねる
第1話 憂鬱なる聖誕祭
鏡の中に映る自分を見て俺は深いため息をついた。
「……何かの罰ゲームですか、これは」
俺こと元ヴォルガ帝国軍遊撃隊長ヴォルフガング・シュタイン(享年四十八)は、この国で一番尊い『第1聖女』セレスティアの肉体の中で絶望していた。
今日の格好は輪をかけて酷い。純白のレースに金糸の刺繍、背中には天使の羽根飾り。まるで砂糖菓子で作ったウェディングケーキだ。
今日はこの肉体の十六回目の誕生日らしい。王都を挙げての『聖誕祭』。俺にとっては加齢への一歩でしかないが、国民にとっては奇跡の聖女を拝める祝日というわけだ。
(やれやれ。俺が欲しい「祝い」は静かな部屋と安い酒と煙草だけなんだがな)
俺は心の中で毒づきながら窮屈なコルセットを直す。今日はパレードだ。馬車で大通りを練り歩き、アホ面下げて手を振り続ける拷問が待っている。
「聖女様!お入りしてもよろしいですか?」
控え室の扉が開き、見違えるほど着飾った「共犯者」たちが入ってきた。
「お待たせいたしました!……はぁっ、なんと神々しい!」
騎士団長リーゼロッテが俺を見るなり顔を赤くして跪く。彼女も鉄臭い甲冑を脱ぎ、濃紺のドレスから鍛え上げられた背中の筋肉を晒している。音もなく背後に回った暗殺メイドのセツナは漆黒のミニドレス姿だ。
最後に入ってきた魔女ヴェロニカは、胸元が開いた真紅のドレスでいつもの煙管を弄んでいる。
「……三人とも。今日は非番のはずですよ」
「護衛に決まっているでしょう!聖女様のハレの日に、私が側を離れるなどありえません!」
リーゼロッテが鼻息荒く宣言する。俺は頭痛をこらえながら彼女たちが抱えている包みに目をやった。
「それは?」
「はッ!聖女様への
彼女が恭しく差し出したのは無骨な木箱だった。中には年代物の琥珀色のボトルが一本。
「東方の古酒です。……聖女様は甘い菓子よりもこういう『辛い水』がお好きかと」
「ほう……」
俺の目が輝く。よく分かっているじゃないか。続いてセツナが小さな布袋を押し付けてきた。
「……これ、あげる」
中身は色とりどりの火薬玉と発火石。子供のおもちゃに見えるが、調合次第で戦車一台を吹き飛ばせる代物だ。
「……物騒ですね。ですが良い匂いです」
「最後に私からは、これを」
ヴェロニカが取り出したのは高級な革張りのケースに入った乾燥した葉巻だった。
以前俺が「ガツンとくるやつがいい」と愚痴ったのを覚えていたらしい。
「聖女様の喫煙はご法度だけど。……まあ、お守り代わりにね」
酒、爆薬、タバコ。普通の少女なら悲鳴を上げるだろうが、中身がオッサンの俺にとっては山積みの宝石より価値がある。
(……悪くねえな。誕生日の朝も)
俺は口元を緩め、聖女の微笑みを作った。
「ありがとう、私の大切な子羊たち。後でゆっくり堪能させていただきますよ」
「ギャオッ!」
その時、俺の胸元の羽根飾りの隙間から銀色の幼竜バレットが顔を出した。こいつもリボンを巻かれ不機嫌そうに俺の鎖骨を噛んでいる。俺たちだけ盛り上がっているのが気に入らないらしい。
「よしよし。貴方には後で極上のガンオイルをあげますから」
俺はバレットを宥め立ち上がった。そろそろパレードの時間だ。
*
王宮のバルコニーに出ると、地響きのような歓声が迎えた。広場を埋め尽くす民衆と空を舞う紙吹雪。大通りは掃き清められ、色とりどりの旗が掲げられている。
「素晴らしい眺めですわね。まるで街全体が、巨大な『
ヴェロニカが耳元で囁く。その声には冷徹な響きが混じっていた。
「……どうしたんですヴェロニカ。穏やかではありませんね」
「そのままの意味よ。風の匂いが違うの。……焦げ臭い欲望の匂い」
彼女は笑顔のまま煙管の先で群衆の影を指し示した。
「裏社会の
「あら。……人気投票にしては悪趣味ですね」
「ただの賭けならいいのだけれど、今朝になって巨額の『金』が動いたわ。大陸中の殺し屋を雇えるほどの金額がね」
俺は眉をひそめ眼下を見下ろした。
歓喜に沸く人々の波の中に異質な殺気が混じっている。帝国軍のような規律のあるものではない。もっと泥臭く欲望にまみれた、薄汚い「金」の匂いがする殺意だ。
(……やれやれ。タダ酒を飲ませてくれるほど世間は甘くないってことか)
俺はドレスのスカートをさりげなく持ち上げ、太腿に固定された『相棒』の感触を確かめた。今日のドレスは装飾過多だが、その分スカートの下には重武装を隠しやすい。
可変式パイルバンカー『
いつでも撃鉄を起こせるようオイルも馴染んでいる。
「リーゼロッテ、セツナ。聞こえていますね?」
「ハッ!警戒レベルを最大に引き上げます。……祭りを汚す輩はこの手で排除します」
「ん。殺す」
頼もしい共犯者たちが華やかなドレスの下で爪を研ぐ気配がした。
「行きますよ」
俺たちは広場に用意されたパレード用のオープン馬車へと乗り込んだ。
ファンファーレが鳴り響き車輪がゆっくりと回り始める。光あふれるパレードの始まりだ。
だが俺に見えているのは、紙吹雪の向こうに潜む銃口だけだ。
(さあて。……俺の誕生日に泥を塗ろうってのは、どこのどいつだ?)
俺は聖女としての完璧な慈愛の笑みを群衆に向けながら、心の中で引き金を引く準備を整えた。
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