05. 証で結ばれた現在

 ある日の朝。オライアスのもとに、アルフェリムから手紙が届き、その日の午後には当人が執務室を訪れた。気遣いのできる彼にしては、性急なスケジュールだった。


 理由を尋ねると、アルフェリムは茶目っ気らしくウィンクを寄越す。

「弟が、兄を訪ねるのに、理由が必要ですか?」


 その言葉には、聞き覚えがあった。

 子どものころ。現王妃の保護下で、先王妃の子供と遊びたがるエリーニア王女は、人々の目に奇異に映ったようである。特に、第一王子派とか第二王子派を自称する人々にとっては。

 そんな大人たちに、妹は澄ました様子で答えたものである。

「妹が、兄と仲よくして、なにがいけないのかしら?」

 大人たちはごもごもと言い訳をして、何も言えなくなった。

 もちろんそれには、現王妃の意向も影響していた。彼女は、王妃として王宮に来た日に、オライアスの母になることを宣言していた。それは、先王妃をおとしめるためではなく、冷たい風聞から、子供たちを守るためだった。


 ――あぁ、思い出した。


 エリーニアを胎内に宿した現王妃が「今日から、私を母と呼んでください」と告げ、オライアスがそれを受け入れた、あの日から。

 オライアスは彼女の息子であり、幼い弟妹の兄であった。そうでない日は、一日もなかったのだ。


 アルフェリムの、晴れた冬空のような蒼天の瞳には、たしかな信愛の光があった。

 オライアスが、ことに気づいた彼は、上機嫌で、白紙の羊皮紙を取り出した。

「私たちが兄弟であることを証明する機関などありません。だから、私たちが証書を発行すればいいのです。王国でただ一枚だけの、私たちだけの証を」

 弟のたくらみを理解したオライアスは、うなずき、小さく微笑んだ。


「こういうものには、形式はいらないのかな。どうも、私はそういうところにこだわってしまって……」

「形式ばったところが、兄上のよいところだと、私は思います。きっと、我らが妹姫も、そう言いますよ」

 

 ――弟ののびやかな文字の隣に並ぶ、堅苦しい自分の文字。

 そこへ、妹の丸みを帯びた文字も加わって、この証書は完成となる。

 そのちぐはぐさこそが、自分たち兄弟が、個性豊かに育った証となるだろう。


 挙式を終えた、花嫁の控室で。

 オライアスは、共同制作の証書を紐解いた。


 妹は真珠のような涙をぽろぽろとこぼして「こんなの、お化粧が崩れてしまうじゃありませんか!」とぷりぷり怒り、弟は「だから、披露宴が終わったあとに持ってきただろう」と子どもっぽく笑った。


 花嫁は、花婿に証文の内容を語って聞かせた。花婿は、「僕が人生で見た契約の中で、最も尊いもののひとつだ」と言った。彼は急激に視力が失われる病を患っているということだが、先ほど大きな契約を終えたばかりのふたりの間には、少しのかげりもないように見えた。


 エリーニアが、いささか乱暴に署名した文字が乾くと、アルフェリムが思い切って、それを三つに破いた。王宮に吹く冷たい風聞を打ち破る行為のように思えた。


 その一片は、今もオライアスの手元にある。

 先王妃、産みの母から授かったオルゴールを手に取り、蓋を開ければ、心はいつでも、妹の結婚式に戻ることができる。


・―――――・


契約証書


ここに署名した、私たち三人は、人生において救いを求める必要があるとき、いつでもお互いを頼ることができるものとする。

その期限は、無期限とする。


オライアス・フォン・アルカンレーブ

アルフェリム・フォン・アルカンレーブ

エリーニア・フォン・ヘムズヒュール(旧姓アルカンレーブ)


・―――――・


 兄弟それぞれ、行く道が異なっても、この子供じみた約束事は、永遠に続くのだ。


 オライアスは、オルゴールを閉じた。

 複数の臣下が、国王への謁見のため、待機している。

 オルゴールの調べが終わると、国王の休憩が終わりであることを知る侍従は、静かに主君に歩み寄り、午後一番の案件を恭しく差し出した。


 

 

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誓いを祝いに代えて 路地猫みのる @minoru0302

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