04. 次兄の場合

 オライアスと比べなくとも、アルフェリムが相談した相手は専門家には程遠い。

「女心を、私にくわけ?」

 屋台で購入して持ち込んだらしい焼き鳥を、串ごとかじりそうな勢いの女性が呆れて眉を跳ね上げるのを見て、自らの愚行に気づいたアルフェリム。腕を組んで二度うなずいた。

「君に女心を尋ねるなんて、もぐらに空の飛び方を尋ねるようなもの……イタイイタイ、それは地味に痛いっ!」

 串の先っぽで、手の甲をぐいぐい押されて、アルフェリムは情けない悲鳴を上げた。


 王族に不敬なふるまいをする女性の名は、アルナールという。

 王家と縁の深いウラヴォルペ公爵家の娘であり、アルフェリムにとっては学園時代の同級生であったから、気安い仲だ。

 特に、王族であるというだけで結婚市場の扱いされるアルフェリムに対し、フラットなアルナールの態度は、居心地がよかった。彼女はすでに、公爵家の次期当主という明確な権力と、武芸の天才という揺るがぬ実力を兼ね備えていた。他人を嫉視する必要のない立場であった。


 本日も、公爵である父とともに新年のあいさつに訪れていた彼女は、騎士団の制服で、供もつけずにふらりとアルフェリムを訪ねてきた。

 渡りに船とばかりに相談したが、相談相手を間違えたことは間違いなさそうだ。


 焼き鳥を食べ終えた彼女は、用意されたクッキーをぽいと口に放り込んだ。

 これが、妹ならば「小鳥がついばむような」とでも表現するところだが……控えめに言っても、ペリカンが魚を丸呑みしているのと大差ない光景である。尋常ではないスピードで、クッキーが消費されていく。

「女心なんてさ、私が知りたいわよ」

 アルナールは、弟が何を考えているのか分からない、と愚痴をこぼした。


 アルナールの弟というのは、先日、稀代きだいの錬金術師の才能があるとして評判になった、ウラヴォルペの嫡出子である。正直なところ、騎士としての評価は「そこそこ止まり」で、王国の武の頂点に立つ家門の人材としては、将来を不安視されていた。一方で、その美しさと血統から、否応なく結婚市場で品定めされる、気の毒な貴公子でもあった。


「弟くんの話題で、女心? あ、彼が恋に悩んでいるとか?」

 妹の話を聞いてほしかったのだがと思いつつ、なんでも物理力で解決するアルナールが愚痴をこぼすのは珍しいことだったので、時間の許す限り付き合おうと考えるアルフェリム。

 彼女は、首を横に振る。淡紅色のポニーテールが、ふりふりと揺れた。

「もし、男の中に女心の専門家がいるとしたら、あいつじゃないかな」

 毎晩入浴剤の香りを選び、新商品のハンドクリームが発売されれば自分のついでに侍女たちの分も買ってやる――そういう人物なので、実家では女性使用人たちと大層仲がよいらしい。


 もりもりとクッキーを食べ終えたアルナールは、紅茶を一口飲んで、長い溜息をついた。

「騎士としての才能はそこそこ、錬金術では天才。突然そう言われても、受け入れられないんだって、こぼしていたそうよ」

「伝聞系?」

「微妙な距離感なの。さんざん、比較されて育ってきたからね」


 比較される重圧は、アルフェリムにもよく理解できた。アルフェリムの目の前には常に7歳年長の兄の背中があり、その背はいくら追いかけても届きそうにないものに感じることもあった。

 男子である自分を差し置いて、姉が次期当主に選ばれたのだから、弟の心中は複雑だろう。

 だが、それは姉も同じであるらしい。

「女だから、おしとやかに。弟君ならもっと優雅にできます、とか。聞き飽きたわ。

 私、強くて美人じゃない。それで十分だと思うのよ」

 その図々しい言い草が、アルフェリムには面白かった。

「うん、十分素敵な女性だな。で、君は弟にどっちを選んでほしい? 騎士か、錬金術師か」


 クッキーのおかわりを使用人に申し付けたアルナールは、金色の両目で、アルフェリムを射抜いた。

「あいつの人生だもん、どっちを選ぶのもあいつの自由。どの道に行ったって、この私の弟である事実からは逃れられないんだから。一生、手下としてこき使ってやる予定よ」

 にやり。肉食獣めいた笑顔で、彼女は断言した。


 アルフェリムは、声を上げて笑った。

「そうだな。どんな人生を歩んでも、兄弟であることに変わりはないよな」


 アルフェリムの心の中に、計画が生まれた。

 妹の望みを、兄の想像する形で叶えられるかもしれない。


 名案が誕生する予感に浮き立つアルフェリムだが、友人に一言言わずにはいられなかった。

「ところで君は、王宮うちのクッキーを食べ尽くすつもりなのかな?」

「お腹すいてるの、新年だから」

 理屈が通っていないようで、理解できる気もした。

 新しい季節というのは、たしかに新しいエネルギーを必要とするようだ。

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