03. 長兄の場合

 女心は、女性にくのがよいだろう。


 オライアスは、新年のあいさつに訪ねてきた婚約者ファミエールに、妹からの難題を相談してみた。


「……それで先ほど、顔を合わせた筆頭行政官どのにも同じ相談をしたのだが。彼は、会議の場ではぴくりとも動かさない眉を困惑したように眉をひそめて、『それは、私の領分ではありません』と言うのだ。天才と名高い彼にも、解決できない問題であれば、専門家に意見を訊きたいと思ったのだ」


 オライアスの話を、彼女は静かに聞いていた。手の中には、美しいつたの模様が描かれたティーカップがあり、濃いコーヒーとたっぷりの牛乳を入れた飲み物を、彼女は美味しそうに飲んでいる。

 ミルクに濡れた、ぽってりとした唇をにっこりと形づくって、彼女は「うふふ」と面白そうに笑った。

「わたくしが、女心の専門家ですの?」

「少なくとも、男性わたしよりは近いところにいるはずだ」

「そうかもしれませんね、うふふ」

 彼女は、また楽しそうに笑った。


 オライアスは、困っていた。

 ここ三日間、アルフェリムからの連絡もないということは、彼も困っているに違いない。あの妹に甘い男が、妹のお願いを無視するはずがないのだから。


 ファミエールは、王国の中心部に領地を持つ伯爵家の長女で、互いの家の背景は加味しつつも、穏やかな信頼を築いていた。

 誠実な人柄は確かなのに、今、彼女のラベンダー色の瞳にじわるな光が踊っているのを、不思議に思う。


 コーヒーカップをソーサーに戻し、彼女は問うた。

「では、専門家に近いわたくしが、意見を申し上げますわ。

 この件は、女性の意見よりも、兄の意見が求められるケースかと存じます。本当は、わたくしよりも殿下のほうが、専門家に近い場所にいらっしゃいますのよ」

 オライアスは、瞬きを繰り返した。

「そうだ。私は、間違いなくエリーニアの兄であるが……」

 母親が、異なる。

 その言葉を、オライアスは飲み込んだ。口にするまでもない、周知の事実である。


 エリーニアとアルフェリムは、現王妃の子供。オライアスは、先の王妃の遺児である。神殿も認める正式な手続きを経て、王太子として冊立された身であることは間違いない。

 しかし。

 兄妹きょうだいの中で、最も異質なのは、オライアス自身――。


 言葉を失ったオライアスの、コーヒーカップを握る手に、ファミエールはそっと指を添えた。

「殿下。どうして、そのように悲しいお顔をなさいますの?」

 優しく労わりに満ちたラベンダーの瞳の前では、堅物然とした王太子の仮面もがれ落ちてしまう。

「不安に、なったのだ」

 オライアスは、ひっそりと甘えるように、彼女の指先を撫でた。

「もしも私が王太子でなかったら、私こそ、ふたりに忘れられてしまうのではないだろうか」

 ファミエールは、否定も肯定もしない。

「きっと王女殿下も、同じような不安を抱えていらっしゃるのでしょうね」


 ハッと、オライアスは顔を上げた。

 他の家に嫁ぐことの心細さを、このときに初めて理解した。


 妹にかけるべき言葉が、オライアスの中でゆっくりと、生まれ落ちる準備を始める。


 オライアスは微笑み、「ありがとう」と告げた。

 そして、今まで誰にも打ち明けたことのない、小さな秘密を共有した。


「私の人生において幸福なことは、新たな母上が懐の深いお方であることだと、女神に感謝したものだ。今夜から、女神への感謝の祈りは長くなるはずだ。優しく聡明な、貴女のような婚約者を遣わしてくださったのだから」

 うふふ、とファミエールは首を傾げる。

「では、わたくしたちを引き合わせてくれた、王女殿下にも感謝しなくてはなりませんわ」

「あぁ、そうだな。

 ふふ、父も私も、女性にはまったく頭が上がらない。きっと、弟もそうなるだろう」

 オライアスは深くうなずき、コーヒーをおかわりした。


 ふたりの茶会の頭上では、白い小鳥が一羽、青空へ舞い上がる。まるで「新しい春を、全世界に知らせなくては!」とでも言うように、せっかちに翼を羽ばたき、王宮の塀を飛び越えていった。


 

 

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