02. 妹からの難題
「
紅茶をひとくち含んだアルフェリムは、突拍子もない妹のおねだりに、目を丸くした。
王家の一員らしく、艶やかな金髪を美しく巻いた、7歳年少の妹エリーニア。蒼天の瞳は生きる喜びに満ちていて、小言を言うためにとがらせる唇さえ愛らしい。
突然の妹姫の訪問により、アルフェリムは、お茶会に出席することになった。
出席者は、もうひとりいる。7歳年長の兄、オライアスである。
金髪を丁寧に撫でつけて首の後ろで結び、白い襟と、しわのないズボンを一部の隙もなく着こなすオライアス。澄んだ湖を凍らせたかのような蒼天の瞳を、ごくわずかに細める。
その反応から察するに、彼も初耳だったようである。
「えぇ。私、もうすぐヘムズヒュール家へ嫁ぐでしょう? そうしたら、お兄様たちは、私のことなんて忘れてしまうんじゃないかと思って」
細い指でクッキーをつまみながら、エリーニアはため息をつく。
結婚の時が近づいて、ナーバスになっているのだな、とアルフェリムが思った。そういう心地になる新婦は多いと聞く。
アルフェリムは、妹を安心させようと微笑んだ。
「この世で一番美しい花を忘れるなんて、あり得ないさ。あぁ、母上が二番目だということは、内緒にしてくれよ」
アルフェリムが片目をつむって見せると、エリーニアに「また、調子のいいことをおっしゃって」と、腕をはたかれた。子猫にされるのと同様、痛くもないのに「痛いよ」と言ってしまいそうな愛らしさに満ちている。
「父上にとって、地上で一番美しい花とは、母上のことだろう。それで釣り合いが取れているのではないか」
静かにそういったのは、オライアス。
彼が冗談を言うところを見たことがないから、おそらくその言葉は本心なのだろう。国王夫妻の仲のよさはアルフェリムも知っているので、苦笑いで頷いた。
エリーニアが、人差し指でトントンとテーブルを叩く。
「お兄様、お返事になっていませんわ。お父様とお母様は、きっと仲睦まじくしていらっしゃると、私も思います。だけれど、お嫁にいった私のことを、お兄様が忘れてしまうのではと思うと、心配でクッキーしか喉を通らないのですわ」
「嫁いでも、お前は私たちの妹だ。お前は王族であり、お前の夫はその
長兄の答えに「あぁ、もう、そういうことではありませんの!」と妹はお怒りだ。
「とにかく。私の結婚式までに、兄妹の証を用意してください。
そうでなければ、不安と怒りのあまり、招待客にお出しするお料理が、すべてクッキーになってしまうかもしれませんわ」
エリーニアは、テーブルの上にあったすべてのクッキーをお付きの侍女に包ませると、ご機嫌斜めのまま帰って行った。
わざわざ寒い冬の庭園で茶会に付き合ったのに、取り残された男たち。
「アルフェリム」
「はい」
堅物の兄ですら愚痴をこぼしたくなったのかと思い、その横顔に注目すると。
「結婚式場の料理がすべて茶菓子とあっては、家の常識を疑われるだろう。健康にもよろしくないと思われる」
「……はい」
あぁ、ダメだ。妹の真意は、伝わっていないらしい。
「これは至急、兄妹の証とやらを用意しなくてはならない。私の浅学ゆえ恥を忍んで尋ねるが、それはどこで発行されるのだ? 血統証明書のようなものか?」
「俺、いえ、私も存じ上げません。せっかくですから、私に勉強する機会をください。調査しておきます」
オライアスは「では頼む」と言い残し、引き揚げていった。まだ陽も高い、政務に戻るのだろう。
アルフェリムは、冷めた紅茶をすすって、ため息をついた。
「やれやれ。妹のわがままを叶えるのは、兄の義務とはいえ、これはまた面倒なことになったなぁ」
妹の欲するものが、兄の言うように紙に記されたものでないことを、アルフェリムは理解していた。
おそらく、彼女が、自分たち兄弟の仲を心配しているのだろうということも、察せられた。
しかし、絆という目に見えないものを、どうやって証明しろと言うのだろう。
頭を抱えたアルフェリムだが、どうにか解決しようと、自分を奮い立たせた。
それがあれば、妹が安心して結婚できるというのなら。挑む価値のある難題だと思うのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます