第44話

舞台裏の回廊は、まだ熱を帯びていた。

照明の余韻が床に細い金色を残し、遠くで機材の片付け音が響く。


石田は壁に背を預け、肩で息をしていた。

剣を得たはずなのに、胸の奥は満たされない。

まだ、足りない。

そう告げられた言葉が、何度も反芻される。


そこへ、軽い足音が跳ねてくる。


「えーっ、奈落には落ちなかった?

 じゃあリタイアしなければ良かった!!」


稲葉は相変わらず陽気だった。

悔しさも、悲しさも、飴玉のように舌の上で転がして笑う。


「でもさぁ、あの空気、俺にはちょっと重すぎたよ。

 舞台って、楽しいだけじゃないんだねぇ」


石田は目を伏せたまま答える。


「…楽しいだけなら、ここまで来てない」


「だよねぇ。

 だからさ、残ったお前ら、ちゃんと苦しめよ?

 俺のぶんまでさ」


ひらひらと手を振って、稲葉は去っていった。

まるで遠足の帰り道みたいに軽やかだった。



別の通路。


岡山は床に座り込み、膝を抱えていた。

舞台に声を届かせられなかった瞬間が、まだ耳に残る。


「…また忘れられるのかな」


呟きは震えていた。

名前が呼ばれないこと。

存在が薄れていく恐怖。


そこへ、観世が屈み込む。


「ねえねえ、そんな顔しないでよ」


岡山が顔を上げる。


「僕はさ、楽しかったよ。

 舞台って、キラキラしてて、ちょっと怖くて、最高だった!」


「でも…落ちたんだよ」


「うん、落ちた落ちた。

 でもさ、それって“出た”ってことじゃん?」


観世は自分の胸を指さす。


「僕、きっとまた来るよ。

 次も、次も。

 だって舞台って、一回じゃ終わらないでしょ?」


岡山の目に、ほんの少しだけ光が戻る。


「…また、来てもいいの?」


「当たり前じゃん!

 忘れられる前に、また騒げばいいんだよ!」


観世は笑って、手を差し出す。

岡山は迷いながら、その手を取った。



そのすぐ先の回廊で、

石田はそのやり取りを黙って見ていた。


胸の奥で、くすぶる感情がある。


――次こそは。


――選ばれてやる。

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