第43話

「くそっ!

また僕を舞台にふさわしくないと言うのか?」


石田の声が、稽古場の天井に反響する。


誰もいない夜の栄華館。

灯りは最低限。

床の木目だけが淡く光っている。


石田は木刀を床に突き立てた。

震える指が、柄を強く握りしめる。


「童子切は言った。

“この程度では届かない”と。

結局、僕はまた比較される側だ。

あいつの隣に立つ価値すらないと」


その声は怒りよりも、悔しさに近い。


生駒は少し離れた場所に座り込んでいた。

木刀を膝に横たえ、指でそっと刃をなぞる。


「……童子切が言う“答え”って、

結局なんなんだろうな」


石田が振り向く。


「お前は焦らないのか?」


生駒は困ったように笑う。


「焦ってるよ。

めちゃくちゃ。

でもさ、俺はやっと自分の刃を抜けたばっかりで。

まだ“振る理由”が分からないんだ」


石田が鼻で笑う。


「随分と余裕だな。

お前は一度主役の座に手をかけた。

僕は一度もそこに届いたことがない」


「届いていたじゃないか、俺と2人で」

生駒は首を横に振る。


「赤い刃は紫の刃…アマテラスの花婿を産むための触媒、踏み台!引き立て役だ、僕の役は主役ですらない」


声が少し弱くなる。


「俺だって、あの時、児手柏を支えたつもりでいたけど…

俺はいつも、誰かを舞台に押し出して、

自分はその後ろに隠れてた」


石田の表情がわずかに揺れる。


「……だから、抜けなかったのか」


生駒は刃を見つめる。


「抜けても、まだ怖い。

俺が前に立ったら、

また誰かを奈落に……!


…あれ?奈落?俺はどうしてこんなこと…」


沈黙が落ちる。


石田は、床に突き立てた刃を引き抜いた。


「……僕は怖くない」


その声は嘘ではない。

だが、強がりでもある。


「華がないと言われ続けた。

童子切の方が美しい。

主役はいつも別の誰か。

だから僕は、怖くても前に出るしかなかった」


一歩、生駒へ近づく。


「逃げる場所すら、僕にはなかった」


生駒は顔を上げる。


「……強いな」


石田は小さく笑う。


「違う。

必死なだけだ」


刃を肩に担ぐ。


「童子切が望む答えなんて知らない。

アマテラスの花婿が何かも知らない。

でも――」


目が鋭くなる。


「次に幕が上がるとき、

舞台の中央に立っているのは僕だ」


生駒も立ち上がる。


「なら、俺もそこに行く」


柔らかい声。

けれど、退かない意志。


「お前が前に出るなら、

俺はもう後ろには立たない」


石田が少し笑った。


「ようやくらしくなってきたな」


生駒も微笑む。


「うん。

だから一緒に答えを見つけよう」


夜の稽古場。

二本の刃が、静かに構え合う。


まだギトウではない。

だが、確かに“始まり”の気配がそこにあった。

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