第45話

廊下の天井は高い。

けれど今の生駒には、少し低く感じられた。

熱を持った視線が、確かにここに集まっている。


八文字長義はまだ興奮が収まらない様子で、手を胸に当てていた。


「さっきの一太刀、音が違いました。

 剣を振るうというより、心が鳴っていた。

 ああいう舞台を、俺、初めて見ました」


「心が鳴る、かぁ…」


生駒は笑う。

だがその声には、どこか自分でも掴めない戸惑いが混じる。


「俺は、まだ抜けたばかりなんだ。

 剣も、自分も、まだちゃんと分かってない」


「だからこそ、追いかけたくなるんです」


その言葉は真っ直ぐだった。

舞台で受け止められた“視線”が、現実でも形を持ち始めている。


夢切り国宗がその空気をほどくように笑った。


「はは。生駒くん、

 これから大変だよ。

 輝き始めた刀には、

 人も影も集まるからねぇ」


「影?」


「羨ましさとか、焦りとか、独占欲とか。

 舞台は光が強いぶん、影も濃いんだ」


生駒は何も言えず、ただ頷いた。



柱の陰。

歌仙はその光景を、ひとつの絵画のように眺めていた。


「未完成な剣に、すでに人が集まる。

 ……皮肉ね」


「ダブル主演と知っていれば、

 僕も舞台に立っていたでしょう。

 生駒を独り占めできないなら、

 最初から奪いに行くべきだった」


「僕がどれほど“完成された美”を磨いてきたと思っているの。

 それでも主役にはなれず、

 今さら舞台にも立たなかった自分が、

 滑稽に見える…」


だが笑みは消えない。

むしろ、薄く鋭くなる。


「生駒は優しい。

 誰にも牙を向けない。

 だからこそ、囲い込みたくなる」


新しいファンへ向けて、優雅に一礼する。


「生駒は、まだ花開いたばかりです。

 踏み荒らさぬよう、ご注意を」


冗談めかした声音。

だがそこに含まれる本気を、誰もが感じ取った。


「生駒さん素敵でした!俺と握手してください!」

「ムキーーー!にわかが僕の生駒に触らないでよーー!僕の方が先に好きだったの!!」



廊下の先で、生駒がふと立ち止まる。


胸の奥。

まだ刀は眠っている。

だが確かに、自分の周囲で“何か”が動き始めている。


「俺は…どこへ行くんだろうな」


小さく呟いた声は、誰にも届かない。


しかし未明の劇場は知っている


生駒は自分の胸に手を当てる。

まだここには、剣が眠っている。

だが別の何かは、確かに届いた気がした。

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未明ギトウ幕 伏見菫太郎 @Kingaisenn

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