第42話

転が解ける。


そこは舞台ではない。

栄華館の最上層、白い石で作られた円卓の間。


天下五剣が集う場所。


空気は静かで、香の匂いだけが漂っていた。


童子切は円卓の中央に立っている。

先ほどまで神剣を演じていた姿はない。

ただの、少し疲れたギトウ少年の姿だった。


「……再演は、未達に終わった」


自分で言って、自分の胸が痛む。


鬼丸が机に足を投げ出したまま笑う。


「ははっ。

そりゃそうだろ!

あんな茶番で“花婿”が生まれたら苦労しないでしょう」


笑い声は軽い。

愉快犯のように、心底楽しんでいる。


童子切は睨まない。

その余裕すらない。


大典太が、少し安堵したように息をつく。


「……誰も壊れなかった。

それだけで十分だ」


声は低く、穏やか。

だが、目の奥には常に“もしも”を想定する医者の緊張がある。


数珠丸は円卓の端で目を閉じている。


「すべては流れの中。

答えが出ぬのもまた必然」


祈る声は、誰に向けているのか分からない。


三日月が、しゅんと肩を落とす。


「せっかく脚本を書いたのですけど……

一行も使われぬとは、寂しいですね……」


それでもどこか楽しげに笑っている。

悲しみと遊び心が同居する、不思議な微笑。


童子切は深く息を吸う。


「俺は……急ぎすぎた」


誰に向けた言葉でもない。

ただ自分へ落とす声。


「神話をなぞれば答えが出ると思った。

だが、あいつらは……まだ自分を知らなかった」


鬼丸が口笛を吹く。


「じゃあ次はどうすんの?

また奈落にでも落とす?」


冗談めかしている。

だが、冗談に聞こえないのが鬼丸という男だ。


童子切は首を横に振る。


「いいや。

次は、逃がさない」


その声に、初めて鋼が戻る。


「自分自身と向き合うまで、

何度でも舞台に立たせる」


大典太が小さく頷く。


「それなら、準備をしておこう。

次は……本当に怪我が出るかもしれない」


数珠丸が、再び祈りを深める。


「導き給え。

この未明に光を」


三日月は顔を上げ、微笑む。


「ならば次の脚本は、もっと面白くしましょう」


鬼丸は笑った。


「いいねぇ。

ようやく楽しくなってきた」


円卓の上。

灯りが静かに揺れる。


花婿は、まだ生まれていない。


童子切は小さく頷く。


「アマテラスの花婿は、

神話の再現では生まれない。

ならば――新しい神話を、ここで作る」


円卓の灯りが、一斉に強くなる。


「何を恐れ、

何を欲し、

何のために舞台に立つのか」


童子切の瞳に、再び強い光が宿る。


「それを剥き出しにする。

華も、理想も、神話も外した上でだ」


鬼丸が愉快そうに笑う。


「はは。

そりゃ面白〜い。

裸の心で殴り合うってわけか」


「比喩を選べ」

大典太がため息をつく。


数珠丸は静かに祈る。


「願いは業。

業はまた、光となる」


誰も拍手はしない。

だが、その沈黙こそが合意だった。


外では、遠く舞台の準備音が始まっている。


未明は終わらない。


次の光を探すために、

さらに深い夜へ進むだけだ。

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