第39話

白い光が、突然、赤へと変わった。


床が震える。

天井の見えない劇場に、遠い雷鳴のような音が轟く。


誰かが笑った。


いや、“それ”は最初からそこにいた。


舞台の中央、赤い幕が一瞬で降り、そして裂ける。

裂け目の奥から、漆黒の装束を纏った影が現れた。


「よく来たな、まだ眠れる刃たちよ」


声が、空気そのものを震わせる。


言葉と同時に、舞台の風景が歪んだ。

床は焼け焦げた瓦礫へ。

壁は崩れ、空は煤に覆われる。


――グラウンドゼロ。


生駒は息を呑む。

懐かしいはずのない光景。

けれど、胸の奥が痛むほど知っている。


「神話をなぞれ。

刃が刃であった時代を。

選ばれる者と、選ばれぬ者を」


影が、ゆっくりと手を伸ばす。


「証明せよ。

己が主役に足るかどうかを」


石田の手には、すでに刀があった。


自らの内から顕現した刃。

静かに鳴る金属音が、舞台の空気を裂く。


「……始まったな」


生駒は自分の腰に手を伸ばす。

けれど、そこには何もない。

帯刀していない。

抜くべき鞘すら存在しない。


「抜け」


石田が言う。


「抜け、生駒。

この舞台は、逃げ場じゃない」


生駒の指が震える。

何も掴めない虚空を、何度もなぞる。


「……俺さ」


かすれた声。


笑おうとして、できなかった。


「だって俺は、誰かを立たせる方が得意でさ。

自分が立つのは……怖いんだ」


石田が一歩踏み込む。


「怖いのは皆同じだ」


刃の切っ先が、生駒の喉元へ向けられる。


「だが、逃げ続けたのはお前だけだ」


生駒の呼吸が止まる。


――グラウンドゼロ。

日の当たる場所へ行こうと手を伸ばした幼い自分。

その隣で、微笑んでいた誰か。

そして、自分は奈落の縁に立たなかった。


「お前は主役を他者に渡した。

楽だっただろう。

責任を背負わずに済んだ」


石田の声が鋭くなる。


「もう逃げるな、主役から」


生駒の目から、一筋の涙が落ちる。


「……逃げてたのは、俺だったんだな」


影が、舞台の上から二人を見下ろす。


「神話は繰り返される。

だが再演とは、超えるためにある」


その声は、もはや童子切のものではなく、

神剣そのものだった。


「選べ。

眠りに落ちるか。

光の中へ立つか」


石田の刃が、さらに近づく。


「答えろ、生駒」


生駒は、ゆっくりと胸に手を当てる。


そこに確かに“何か”がある。


熱。

鼓動。

刃になろうとする意志。


「……もう逃げない」


小さな声。

だが、確かに届いた。


「俺が、俺を抜く」


舞台の光が、再び白へ変わる。


まだ刀は現れない。

けれど、生駒の背は、確かに舞台の中央へ向いていた。


再演は、ここから本当に動き出す。

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