第38話

舞台の光が一度、すべて消えた。


闇。


深海の底のような沈黙の中で、鈴の音だけが鳴る。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

その音に応じるように、床に白い紋が浮かび上がった。


円環。

太陽。

そして剣。


光が爆ぜる。


そこに立っていたのは、もはやギトウ少年の姿ではなかった。

髪は夜を裂く金、瞳は灼ける太陽。

手には抜き身の太刀。

人の体温を持たぬ、美しい暴力のかたち。


神剣に扮する童子切安綱。


「聞け」


声は低く、荒い。

だが遠雷のように、確かに世界を支配していた。


「これは再演だ。

かつて世界が焼け、庭が灰となり、

一振りの花婿が奈落へ降りた夜――

その物語を、もう一度なぞる」


石田は息を呑む。

生駒は、ただ見上げる。


「原初の言葉を知るか?」


神剣が刃をわずかに持ち上げる。

舞台の天井に、見えない天が裂けたような錯覚。


「――『光は選ぶ。

選ばれし者のみが、日の当たる場所へ至る』」


古い神話の一節。


「――『剣を抜くとは、己を晒すこと。

剣を抜けぬ者は、己を知らぬ者』」


さらに一節。


「――『花婿は血を流さぬ。

だが心を裂かれ、なお立つ』」


神剣の瞳が、生駒を射抜いた。


「覚えておけ」


一歩、踏み出す。

床が軋む。空気が裂ける。


「刀は、抜いた瞬間に物語を変える。

抜けぬ者は、舞台にすら立てぬ。

それでも主役を望むか?」


生駒の喉が震えた。


胸の奥に、確かに“刃”はある。

呼べば来るはずの、自分自身。

けれど手を伸ばしても、そこには何も掴めない。


「……望むよ」


弱い声。

それでも確かに言葉だった。


神剣は嗤った。


「ならば証明しろ」


石田の方を向く。


「お前はすでに刃を得た。

ならば示せ。

抜けぬ者を追い詰め、なお立てるかどうかを」


石田は構える。

白刃が光を弾く。


生駒は素手のまま、前に立つ。


怖い。

けれど逃げたくはない。


神剣は刃を掲げ、宣告する。


「未明ギトウ幕、再演。

ここに開幕する」


幕はすでに上がっていた。

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