第37話

光が極まった。


舞台の上に立つ二人の影が、もはや少年の形をしていない。

剣を持つ者の影。

戦うために在る影。


そのとき。


天井から、鈴の音が降った。


静かな、しかし抗えない音。

舞台の奥、まだ上がるはずのなかった緞帳が――ひとりでに揺れる。


誰も触れていない。

けれど幕は開く。


深紅の布が左右へ裂け、

奥から現れたのは、ただ一人の男。


光を背にして立つ。

影すら、神話の輪郭を持つ。


「目覚めろ」


低く、乱れた声。


「眠ったまま舞台に立てると思ったか?」


童子切だった。


少年たちは息を呑む。

稽古でも試練でもない。

これは――再演だ。


未明ギトウ幕。

世界が壊れ、劇場が生まれ、

花婿が奈落へ降りた神話の再現。


「抜け」


童子切の声が舞台全体に響く。


「己の中の刃を掴め。

掴めぬ者は、ここで終わる」


生駒が唇を噛む。


胸の奥に確かに“何か”はある。

呼びかければ応えるはずの、自分自身。


なのに――沈黙。


「……頼むから」


だが刃は現れない。


その横で、石田が深く息を吸った。


「……来い」


祈るようでも、命じるようでもない声。


次の瞬間、石田の胸元から白い光が溢れ、

一本の刀が引き抜かれる。


鞘も柄も、最初からそこに在ったかのように。


――抜刀。


風が舞台を駆ける。

客席の闇がざわめいた。


童子切が笑う。


「ようやく一人か」


石田は刀を構え、生駒を見る。


「立て。

抜けないままでも、逃げるな」


生駒は拳を握りしめる。


「……くそ。

なんでだよ。

ここにいるのに……」


石田が一歩踏み込む。


「甘えるな。

僕はお前を斬るつもりで来る」


「……来いよ」


生駒も一歩踏み出す。

素手のまま。


刀と素手。

勝負にならない。


けれど童子切は止めない。

むしろ愉しむように告げる。


「それでいい。

花婿は、試練で砕かれることで生まれる」


石田の刃が振り下ろされる。


生駒は目を閉じる。


――その瞬間。


舞台の奥、さらに深い闇から

誰かが囁いた。


『まだだ』


聞き覚えのある、懐かしい声。


遠い夢の中、窓越しに微笑んでいた影。


「……!」


生駒が目を開く。


胸の奥で、何かが――動き始めていた。


未明ギトウ幕再演は、強制的に幕を上げた。

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