第35話

第一試験の余韻が、稽古場の空気に沈殿していた。


岡山が去った床の空白は、妙に広い。

誰もそこを踏まない。


童子切は再び舞台中央に立つ。


「第二試験だ」


声は淡々としている。

だが、次に落ちる影の深さを誰もが察していた。


「刀を想え」


一瞬、意味が掴めない沈黙。


「自分の内にある刃を思い描け。

形、重さ、輝き。

何を斬るための刃か。

何を守るための刃か」


童子切は指を立てる。


「だが――抜くな。

まだお前たちに抜刀の資格はない」


ギトウ少年たちはそれぞれ目を閉じる。

自分の内側へ沈み込む。


観世はすぐに声を上げた。


「僕の刀はね、キラキラしてるの!

誰よりも可愛くて、誰よりも楽しい刃!」


笑顔は完璧。

けれど、その声は表面を撫でるだけで、奥へ届かない。


童子切は首を振る。


「形だけだ。

刃が生きていない」


観世の笑顔が固まる。


「え、でも僕――」


「次」


短い一言。


観世はその場に立ち尽くし、やがて静かに一歩下がる。

脱落。


明るい色が、舞台から消える。

場の温度がさらに下がった。


「形だけだ。刃が生きていない」


その宣告を受けても、観世はしばらく立っていた。

けれど次の瞬間、ふっと息を吐き、いつもの笑顔に戻る。


「そっかぁ。僕、まだだったか」


くるりと一回転する。


「でもさ、ここまで来れただけでも結構すごいよね?」


誰に言うでもなく、場の空気を軽くする声。


観世は稽古場の出口へ向かいながら、振り返る。


「みんな〜! 頑張れよーっ!」


手を大きく振る。

まるで舞台のカーテンコールみたいに、明るく、眩しく。


そして扉の向こうへ消える。


残された稽古場は、観世の色だけが抜け落ちたように静かだった。


その静けさの中で、生駒と石田が向き合う。


——ここからは、もう誤魔化せない。


刃を持つ者として、

主役を望む者として、

自分自身と向き合う段階へ進む。


次に、生駒が目を閉じる。


長い沈黙。


眉がわずかに寄る。

唇が開きかけて、閉じる。


「……見えない」


掠れた声。


「俺の刃の形が、わからない。

何を斬るのかも、何を守るのかも……

まだ、はっきりしない」


その告白は、弱さではなく誠実だった。


だが。


「ふぅん」


乾いた声が割り込む。


石田が目を開き、生駒を見据えていた。


「お前、自分の刃が怖いのか?」


空気が張る。


「怖いわけじゃないよ」


生駒は困ったように笑う。


「ただ、まだ答えを見つけてないだけだ」


「同じだ」


石田の声は鋭い。


「見えない刃は、存在しない刃と同じだ。

それで主役を目指すのか?」


生駒は少し黙り、そして柔らかく返す。


「うん。だから探すんだよ」


その言葉が、石田の胸に刺さる。


探す。

信じる。

迷いをそのまま抱えて進む。


――それができない自分。


石田は奥歯を噛む。


自分の刃は見える。

鋭く、正しく、役に立つ形。

だが――美しくない。


そう言われ続けてきた。

童子切と比べられ、影に立たされてきた。


「僕は刃を知っている」


石田は言う。


「斬るための刃だ。

迷いを断つための刃だ。

役に立たないものを切り捨てる刃だ」


正しい。

だが冷たい。


童子切が静かに告げる。


「それは“強さ”だ。

だが、まだ“輝き”ではない」


石田の指が震える。


輝き。

美しさ。

華。


最も欲しくて、最も信じられなかったもの。


生駒が、そっと言う。


「石田。

俺は、お前の刃――

ちゃんと輝いてると思うよ」


慰めではない声。


それが逆に苦しい。


「……黙れ」


石田の声が低くなる。


「お前に何がわかる」


生駒は笑う。


「わかんないよ。

でもさ、わかんないから一緒に探せるだろ?」


石田は目を逸らす。


拳を握る。


――僕は、まだ自分を許していない。


童子切がその場を断ち切るように言う。


「第二試験、通過者は残れ。

次は“抜刀”だ」


その言葉に、空気が震える。


生駒の目が燃える。

石田の胸の奥で、眠る刃が再び軋む。


そして誰もが理解する。


次で――

本当に目覚めるか、完全に折れるか。


オーディションは、もう後戻りできない場所へ入っていた。

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