第34話
稽古場の床が鳴った。
童子切が舞台中央へ歩み出る。
その背に、照明のない天井の暗がりがまとわりつく。
「試験を始める」
声は短く、だが逃げ場を許さない。
「第一試験――
声を持て」
ギトウ少年たちは互いの気配を探るように息を詰める。
「主役は、刃を振るう前に“語る”
声を持たぬ刃は、ただの鉄だ」
童子切は指を鳴らす。
舞台奥の幕がわずかに上がり、
奈落へ続く空洞が見える。
その暗闇が、まるで耳を澄ませているようだった。
「未明ギトウ幕の神話を語れ。
暗唱ではない。
お前が信じる意味を、お前の言葉で言え」
観世が真っ先に手を挙げる。
「楽しい舞台がいい!
だって、笑ってないと忘れられちゃうでしょ?」
軽やかな声。
童子切は何も言わず頷く。
稲葉が続く。
「紫と赤。
どっちか一人じゃなく、二人で完成する物語だ。
だから俺は“相棒”が欲しい」
楽しげで、確信を持った声。
また頷き。
次に、生駒。
「俺は……
誰も奈落に落ちない舞台がいい。
輝けない刃なんてないって、信じたい」
柔らかい声なのに、真っ直ぐ届く。
空気が少し温かくなる。
その流れの中で、岡山藤四郎が前に出る。
小さな体。
小さな声。
「僕は……
忘れられたくない。
誰にも名前を呼ばれないのが怖い。
だから……だから舞台に立ちたい……」
声が震える。
最後の言葉が掠れ、消える。
沈黙。
童子切は冷たい目で見下ろす。
「それは“願い”だ。
“声”じゃない」
岡山の肩が跳ねる。
「怖さに縋る刃は、観客を導けない。
次へは進めない」
落選。
その宣告は、岡山の存在を小さくする。
忘れられる恐怖が、現実になった瞬間だった。
観世が唇を噛む。
稲葉が目を伏せる。
生駒がそっと岡山の背を支える。
そして最後に、石田が前へ出る。
足取りは揺れない。
声も冷静だ。
「刃は役目を果たすためにある。
理想でも恐怖でもない。
舞台に必要なのは、実行できる意志だ。
それを担える者が立てばいい」
静かで、鋼のような声。
一見、完璧。
だが――
童子切は、わずかに笑った。
「それがお前の“声”か?」
「そうだ」
「なら聞く」
童子切の声が低く沈む。
「お前はその刃を、美しいと思ったことがあるか?」
石田の胸の奥が、鈍く痛む。
――華がない。
――童子切の方が映える。
――主役には足りない。
昔から浴びせられてきた比較の刃が、今も刺さっている。
「……関係ない」
掠れかけた声を、無理やり整える。
「刃は斬れればいい」
「違う」
童子切の一言が空気を断つ。
「神話で選ばれたのは“美しさ”だ。
お前がそれを否定するなら、
お前は自分の刃を否定している」
石田の内側で、眠る刃が軋む。
抜けない。
動かない。
答えてくれない。
――僕は、まだ自分を美しいと思えない。
その事実が、胸を締めつける。
童子切は背を向ける。
「第一試験、通過者は残れ。
脱落者は去れ」
岡山が静かに一歩下がる。
その背中が、誰よりも小さかった。
石田は拳を握る。
痛いほどに。
そして思う。
――このままじゃ終われない。
――僕は、まだ眠ったままだ。
第二試験への扉が、静かに開き始めていた。
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