第33話


足音は大きくない。

けれど劇場そのものが、その存在を迎え入れるように沈黙する。


童子切安綱。


華やかな外套、鋭い眼光、舞台を支配する圧。

ギトウ少年たちは自然と背を伸ばした。


「集まったな」


低く擦れた声が、広い稽古場に響く。


「次の幕を告げる」


それだけで、誰もが理解する。

未明ギトウ幕――再演。


「この劇場は、神話の上に建っている。

紫の刃が眠りを選び、赤の刃が舞台を選んだ。

その選択が、俺たちの世界を生かしている」


語られる声は、荒いのにどこか熱を帯びていた。


「再演とは、その神話をもう一度“生きる”ことだ。

ただ演じるんじゃない。

己の刃で、あの選択をなぞる」


観世が息をのむ。

稲葉が楽しげに口角を上げる。

岡山は不安そうに胸を押さえる。


「主役は二人。

紫の刃と赤の刃を担う者を選ぶ」


その言葉だけで、空気が一段濃くなる。


「望む者は前へ出ろ。

望まぬ者は、ここで舞台を降りろ」


静寂。


誰も動かない。

動けない。


童子切はゆっくりと稽古場を見渡した。


「……だが」


声が一段低くなる。


「お前たちは、まだ眠っている」


それは誰か一人ではなく、全員に向けられた言葉だった。


「自分の刃を知らない。

自分の輝きを疑っている。

それで主役を語るな」


その言葉が、稽古場の中心を貫く。


観世は笑顔を固める。

岡山の指が震える。

稲葉は軽く肩をすくめる。


そして――


石田正宗だけが、呼吸を忘れた。


胸の奥にある刃が、重く沈む。

眠っている。

その言葉は、まるで自分の内側を覗かれたようだった。


――僕は、まだ自分を信じていない。


その事実が、痛みになって現れる。


拳がわずかに震える。

歯を食いしばる。


童子切は続ける。


「だが眠りは終わらせられる。

抜け。

己自身を」


最後の言葉は、命令だった。


稽古場の空気が張り裂けそうになる。


その中で、生駒が一歩だけ前へ出た。


「俺、やってみるよ」


優しい声なのに、不思議とよく通る。


「まだ抜けないけど。

でも、眠ったままじゃ嫌だから」


童子切が笑う。


「いい顔だ」


石田は、その横顔を見る。


眩しい。

腹が立つほどに。


そして初めて思う。


――僕も、眠ったままでは終われない

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