第32話

劇場の中央ホール。

清銀の庭の記憶を土台に築かれた栄華館は、今日だけは確かに呼吸していた。


足音。

囁き。

衣擦れ。

抑えきれない期待と、不安と、執念。


岡山藤四郎は胸元を押さえる。

ここに来なければ、忘れられる。

舞台に立たなければ、誰にも思い出されなくなる。

その恐怖が、足を止めさせなかった。


観世正宗は軽やかに笑う。

空気の重さすら、楽しい音楽のように感じている。

「観世、がんばっちゃおうかな〜」

その声は高く、だが確かに周囲の緊張を和らげる。


稲葉江は腕を組み、壁にもたれる。

「ダブル主演、か。

みんな張り切っちゃって〜」

その言葉は独り言のようで、しかしはっきりと野心を帯びていた。


次々と現れるギトウ少年たち。

それぞれが、異なる光を胸に秘めている。


「ふぅん……

みんな、思ったより本気だねぇ」


軽い声。

だが視線は鋭く、全員の動きを測っている。


さらに奥から、別の少年たちが現れる。


長い髪を結い、無言で歩く者。

皮肉めいた笑みを浮かべる者。

目を伏せ、祈るように指を組む者。

ただ“自分がここにいる”ことを確かめるように、床を踏みしめる者。


それぞれが、違う理由でここに来ている。

名誉。

恐怖。

使命。

楽しみ。

逃げ場のなさ。


だが全員に共通するものがある。


舞台に立たなければ、存在が薄れていく世界。


だからここに集まった。


――その中に。


遅れて現れた二人の姿に、ざわめきが走る。


黒を基調とした衣。

穏やかな微笑みを湛えた少年が歩み出る。


生駒光忠。

足取りは柔らかい。

だが視線は、迷いなく舞台の扉へ向かっている。


「……すごいね。

こんなに集まるなんて」


声は優しい。

けれど、その奥には、確かに“主役になりたい”という願いが灯っていた。


その隣。


白を基調とした衣。

背筋を伸ばし、周囲を見渡す眼差しは鋭い。


石田正宗。


「ふん。

来ないわけにはいかないだろ」


短い言葉。

だが、その声音には責任と闘志が混ざる。


観世がひらりと二人に近づく。

「ねえねえ、生駒くんも石田くんも来たんだ!

なんか、主役っぽい二人だよね〜」


稲葉江が笑う。

「観世ぇ、そういうこと言うと、他が燃えるよ?」


岡山藤四郎は小さく呟く。

「……僕も、ここにいる。

消えたくないから」


誰も返事をしない。

けれど、その言葉は確かに空気に残った。


そして。


ホール上階の大扉。

紫の紋章が刻まれた“始まりの門”。


閉ざされたままの扉の向こうから、声が降ってくる。


「――集まったな、ギトウ少年たち」


低く、乱れた熱を含む声。

聞いた者の背筋を震わせる声。


童子切。


空気が張り詰める。

観世が息を飲み、岡山が震え、稲葉江が笑みを深める。

生駒は静かに胸に手を当てる。

石田はわずかに眉を寄せ、まっすぐ扉を睨む。


ゆっくりと。


大扉が開く。

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