第28話

会議は、いつの間にか終わっていた。


誰が賛成し、誰が反対したのかは、もう重要ではなかった。

残ったのは、決定事項だけだ。


未明ギトウ幕は、再演される。

主役は、これから選ばれる。


菫外栄華館の奥、五振りが集っていたはずの空間には、もう誰もいない。

ただ、床に落ちた影だけが、しばらく消えずに残っていた。


三日月は最後に振り返り、何も言わずに去った。

数珠丸は祈りを終えても、その場から動かなかった。

大典太は俯いたまま、結果を受け入れたふりをした。

鬼丸は、何かを数えるように視線を伏せていた。


そして童子切だけが、最初から結論を知っていたかのように、迷いなく歩き出した。



告知は簡潔だった。


劇場内に張り出された一枚の紙。

過剰な装飾はなく、淡々とした文字だけが並んでいる。


――未明ギトウ幕 再演

――主役オーディション開催


それだけで、十分だった。


ギトウ少年たちは、足を止めた。

誰も声を上げなかったが、空気がざわついた。


「……再演?」


誰かが、確かめるように呟く。


再演。

この劇場で、ほとんど使われることのない言葉。


一度きりであるはずの舞台。

刀としての人生を懸ける場所。


それを、もう一度。


岡山藤四郎は紙を見上げたまま、動かなかった。

指先がわずかに震えている。

期待か、恐怖か、自分でも分からない。


観世正宗は、笑った。

いつもの軽さではなく、喉の奥で引っかかるような笑いだった。


「やるじゃないか……」


その声には、楽しさと警戒が同居していた。


稲葉江は肩をすくめる。


「やってるねぇ〜。

 これ、本気のやつだろ」


冗談めかしてはいるが、目は紙から離れていない。


主役。

その二文字が、誰の胸にも同じ重さで落ちていく。


「……主役って」


誰かが言いかけて、やめた。


この劇場で主役になるということが、

どれほどの光と、どれほどの闇を引き受けるのか。

誰もが、うっすらと知っている。


それでも。


「選ばれる、ってことだろ」


「演じ切れたら……」


「意味が、ある」


言葉が、ぽつぽつと零れ落ちる。


生きる意味。

舞台に立つ理由。

忘れられないための証明。


ギトウ少年たちは、それぞれ違う思いを抱きながらも、

同じ紙を見ていた。


その少し離れた場所で、生駒光忠は立ち止まっていた。


声をかけられたわけでもない。

名前が書かれているわけでもない。


ただ、その言葉が、胸に引っかかった。


再演。

主役。


心臓が、少しだけ速く打った。


「……俺」


言葉にしようとして、飲み込む。


周囲を見渡す。

誰もが、前を向いている。


この中に、自分が立つ場所があるのか。

まだ分からない。


けれど。


舞台の奥――

奈落の方角から、かすかな熱を感じた。


理由はない。

確信もない。


ただ、胸の奥で、何かが目を覚ました。


それが、希望なのか。

それとも――

かつて誰かが選んだ道の、残り火なのか。


その答えを知る者は、まだいない。


幕は、すでに上がり始めていた。

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