未明ギトウ幕 初演
むかしむかし、この世が火と煙に覆われていた頃のお話です。
戦の絶えない世界では、刃が主の意志を受けて人を斬り、命を奪うことが当たり前でした。刃たちは主を守るため、己が輝きを放つため、互いに競い、傷つけ合う日々を過ごしていました。
「この地で、ただ争い続けるだけが、僕らの役目なのだろうか。もし、刃であることを忘れ、争いを止められるなら……」
「このままでは、すべてが焼き尽くされてしまう」
やがてはそんな時代も終わりを告げます。人たちは皆、争いを止めることを決めました。刃を手に取る者はなくなり、かつて栄光を放った刃たちも、焼け野原に散らばる灰のように、忘れられていく運命にありました。 空には星が見えず、大地は黒く焦げ、どこまでも続く瓦礫の中で、刃たちはその役目を終えて転がっていました。かつて人のために輝いていた刃たちも、今は誰からも忘れられ、ただ錆びゆく運命を待つばかりです。
すべての刃が用済みとなり、世界が刃を忘れようとしていた時代でした。
それでも、かつて主を守るために戦い続けた刃たちは、役目を果たせぬまま朽ちていくことを恐れていました。 主がいないのなら、己は何のために存在するのか――その問いが、刃たちの胸を締め付けていたのです。
そんな荒れ果てた世界を、一振りの刃が歩いていました。その刃は、誰よりも高貴な佇まいを持ちながら、静かな目で未来を見つめていました。
「この世界に主はもういない。それなら、僕らの行き先はどこなのだろう。」 彼が呟いたとき、もう一振りの刃が姿を現しました。その刃は、見るからに力強く、鋭い赤い輝きを放っていました。
「未来を語る前に、この廃墟をどうするか考えるんだな。」 そう言いながらも、その目はどこか迷いを隠せない様子でした。
二振りの刃は、焼け焦げた瓦礫の道を歩き始めました。
どこまでも続く廃墟の中で、どちらからともなく言葉を交わし始めます。
「僕は思う。もし僕たちが、このまま刀としての役目を終えるなら、それでもいいのかもしれない。人々の平和が続くなら、それは僕らの勝利だ。」
「戯言を言うな。俺たちは、ただ飾られるために鍛えられたわけじゃない。斬ることをやめた刃など、何の意味もない。」
紫の刃は瓦礫の山を見渡しながら、静かに言葉を紡ぎます。
「斬ることだけが刃の役目なら、どうして僕らは、これほど美しく磨かれているんだろう?」
赤い刃は一瞬言葉を詰まらせ、しかしすぐに鋭い声で返します。
「そんなもの、飾りだ。戦場での美しさなど、何の役にも立たない。」
二振りはその後も、未来の刃のあり方について語り合い続けました。
しかし答えは出ませんでした。廃墟の道はどこまでも続き、二人の間に漂うのは、ただ無限の迷いと沈黙だけでした。
「この世が滅びようとしているなら、俺たちが何かを残すしかない。」
紫の刃は答えます。
「刃としての役目はもう終わったよ、残せるものなんてあるのかな。」
彼はだれよりも真っ直ぐでありながら、だれよりも優しい心を持っておりました。ずっと、戦の世界に疑問を抱いておりました。
ある夜、紫の刃は、星空の下でひとり考え込みました。そして思いついたのです。
「刃は、役目を持たなければただの鉄だ。だが、もし役目を変えることができるなら、この混乱を終わらせることができるのではないか。」
そう考えた刃は、傷ついた仲間たちを救うために、すべてを捨てる覚悟を決めました。自分の輝きも、力も、刃としての誇りさえも――。
それからそれから、二振りは瓦礫の隙間で静かに身を横たえました。眠らない刃にとって、夜はただの通過点に過ぎません。しかしその時、頭上に浮かぶ星空の隙間から、不思議な声が聞こえてきました。
「お前たち二人よ。これからの時代を導く刃となる覚悟はあるか。」
二振りは顔を上げ、声の主を探しました。
突然、空が黒く渦を巻き、激しい風が吹き荒れました。大地を叩く雨と、空を裂くような稲妻がその場を照らし出します。
目の前に現れたのは、かつて神々に仕えたとされる古の剣たちでした。その姿はどこか懐かしくもあり、どこまでも恐ろしさを感じさせました。
「これからの時代を担うのにふさわしい刃を、我らが選ぶ。」
神剣たちは紫の刃を見つめました。 「お前は理想を掲げる刃。その美しさは人々に夢を与えるだろう。」
次に赤い刃に目を向けます。 「お前は力の象徴。その強さは時代を支える礎となるだろう。」
二振りは互いを見つめ、やがて神剣たちに問いかけました。
「未来を導く者になれば、何を得られる?」 「それを成し遂げた刃には、刀としての欲望をすべて叶えるものが与えられる。」
赤い刃は鼻で笑いました。 「そんなもの、くだらない妄想だな。」
しかし神剣たちの言葉は続きます。 「そのためには、お前たちのどちらかが、時代にふさわしい者として選ばれねばならない。」
二振りの間に、静かな緊張が走りました。
「お前は本当に、次の時代にふさわしい刃だと思うのか?」
紫の刃は微笑みながら答えます。 「僕たちの役目は斬ることだけではない。それを証明するためなら、僕は迷わない。」
赤い刃は笑みを消し、重々しい声で言いました。 「なら、その証明が正しいかどうか、俺が確かめてやる。」
神剣たちに与えられた試練を巡り、何度も言葉を交わし、時に激しく対立しました。未来の理想像を目指す紫の刃。力を象徴する誇りを持つ赤い刃。二人の間には埋めがたい溝があるかに見えました。
しかし、対立を重ねるうちに、二人は互いの言葉に耳を傾けるようになっていきました。 「君の語る力への誇りは、僕には持ち得ないものだ。」 「そういうお前の理想の美しさには、俺には届かないものがある。」
二人の間には、争いを超えた何か――それはきっと、友情と呼べるものが芽生えていたのでしょう。
ー時代の理想像にふさわしい者には、刀として欲するすべてを与える。ー
「それは何を意味する?刀としての存在の極致とは、一体何なのだ?」 「全てのものを手にするとは、すなわち存在そのものが概念に還るということじゃないかな。形ある刃ではなく、時代そのものを象徴する『名』となるんだ。つまりは歴史から消えるってことか。」
「消えるだと?それで終わりというのか?」
赤い刃は肩をすくめます。 「終わりだろうね。だけど、もし僕や君が、その未来にふさわしい理想を示せるのなら、存在が消えたところで、僕たちの名は残る。それが刀として最高の役目だよ。」 「存在を失うことで理想を示す……そんなものに、何の意味があるんだ?」
紫の刃は、動揺を隠せない赤い刃を見て、少し意外そうに笑いました。 「まさか、君がそんな顔をするなんて。」
紫の刃は一歩引いて、赤い刃の顔を見つめました。彼の目には揺るぎない決意が宿っています。 「お前はそれほどまでに、自分の理想を信じられるのか。」
赤い刃は目を細め、少し皮肉めいた口調で答えます。 「信じるも何も、それが僕たち刃の役目だろう、その迷いはなんだ?」
赤の刃は言葉を失いました。力強い姿勢に、どこか眩しさを感じたのです。
「…僕たちの主は、希望を信じて戦った。だが、その希望は今やどこにもない。だからこそ、戦もろとも刀ははここで終わり眠るべきだ。刃の役目は、戦とともに終わる。名前だけ残して、すべての刀は」
「戯言を、この世が滅びようとしているなら、俺たちが何かを残すしかない。終わりではない、主が信じた希望を、俺たち自身で守る方法があるはずだ。」
紫の刃は、やがて静かに笑みを浮かべました。 「もし僕らが主の希望を信じるなら、それは争いを消すこと。争いのない未来を作ることだと思う。」
「恐れる理由なんてないよ。だって、僕が目指すのは理想そのものだ。形ある刃としての姿がなくなったとしても、その理想が未来に生き続けるなら、僕の存在は終わらない。」
赤い刃は、そんな紫の刃の言葉に応じて大きく笑います。 「くだらない理想かもしれない、もしそれが本当に希望だっていうなら……
お前の考えに納得するつもりはないが、このまま全てを失うよりは良いかもしれない。」
二振りの間に漂っていた緊張感は、いつしか和らいでいました。互いに対する理解と尊敬が、少しずつ芽生えていたのです。 それでも、神剣たちが課した試練は残されたままでした。
赤い刃はふと目を閉じ、深く息をつきます。 「もし俺たちのどちらかが選ばれるとき、もう一方はどうなるだろうか。」 「選ばれるのはどちらでも構わない。けれど、僕の理想が間違いでないことを証明するために、最後まで…」
紫の刃はその言葉に頷きました。 「ならば、俺もその覚悟で向き合おう。」
二振りは再び廃墟の道を歩き始めました。彼らの足取りには、以前のような迷いはありません。どちらが選ばれるにせよ、自分たちの理想が相手の中にも根付いていることを、二人はもう理解していたのです。
二振りの刃は、夜の闇の中を歩き始めました。互いに抱える理想は異なれど、二人はその道の先に同じ未来を見つめていました。どこまでも続く瓦礫の道を抜けた先、二振りが辿り着いたのは、かつて劇場だった廃墟でした。 朽ちた壁にはひび割れた飾り彫りが残り、舞台のような高台が月明かりに照らされています。その場所に、神剣たちが再び姿を現しました。
嵐が再び吹き荒れ、雷光が廃墟を明るく染めます。二振りの刃は舞台の上に進み、互いに向き合いました。
神剣たちは轟く声で告げます。 「これより最後の試練を行う。未来の理想像を担うにふさわしい者を決めるときが来た。」
赤い刃は目を細め、紫の刃を鋭く見つめます。 「お前が選ばれる気か?その理想を、この場で証明してみせろ。」
紫の刃もまた静かに剣先を向けます。 「君が持つ力の誇り、その重さを僕に教えてほしい。それが、僕が進むべき道を確かなものにしてくれる。」
雷鳴が轟く中、二振りの刃は激しく交わりました。
赤い刃の一撃は力強く、舞台を切り裂くほどの勢いを持っていました。 「理想なんてものが、この一撃に耐えられるのか!」
紫の刃はその猛攻を受け止めつつ、滑らかな動きで応じます。 「力が必要ないとは言わない。でも、それだけじゃ未来は守れない。」
二振りの刃は舞台の上で激しくぶつかり合いながらも、互いの存在を深く感じ取っていました。
赤い刃は心の中で思います。 「この柔らかさ、この優しさが理想の美しさを生むのか。俺には、こんな戦い方はできない……。」
紫の刃もまた思います。 「この力強さ、誇り高さがあるからこそ、刃は輝くのだろう。僕には持てないものだ……。」
神剣たちが語り始めます。 「そこまで!紫の刃。お前の理想は、全ての刃を静寂の眠りへ導くものであった。その理想は確かに未来を救う光となる。よって、お前を時代の理想像として認めよう。」
赤い刃はそれを聞き、拳を握りしめました。 「お前の理想は静寂かもしれないが……それが本当に正しい未来なのか?」
紫の刃は赤い刃を静かに見つめ、穏やかな声で告げます。 「君が信じる未来もまた正しい。でも、僕はこれが僕の役目だと思う。」
紫の刃は舞台の中心に進み、奈落の淵へと向かいます。雷の光が彼を包み込み、彼の姿を溶かしていきました。 「刃たちが静かに眠る場所を、僕は作る。それが争いを終わらせる唯一の方法だから。」
そう告げると、彼の姿は完全に消え、奈落には静寂と光だけが残りました。
奈落を見つめる赤い刃は、その場に立ち尽くしました。彼の胸には、紫の刃が残した光が焼き付いています。
「眠るだけが、刃の救いになるっていうのか。そんなもの、俺は認めない……!」
彼は奈落に歩み寄り、その光を見つめて意志を込めました。
「刃が眠るんじゃない。刃は、生きた証を演じ続けるべきだ。俺たちが信じた主、その希望を語るためにな。」
残された彼の意志が奈落に注がれたとき、静寂だった劇場の廃墟は目覚めの舞台へと変わりました。刃たちは再び形を得て、かつての主を演じる役者となったのです。
「俺たちは、希望を語り、未来を紡ぐ舞台の上で生き続けるんだ。」
こうして劇場の廃墟は、刃たちが演じる舞台――菫外栄華館として生まれ変わりました。 眠りの静寂を選んだ紫の刃。 演じることで未来を守る道を選んだ赤い刃。 二振りの選択が交わり、刀たちの新たな物語を紡ぐ場所が生まれたのです。
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