第二幕
第25話
風が、静かだった。
庭に面した小径。
戦争が始まるには、まだ少し早い時間。
空は澄み、銀砂の上に落ちる光はやわらかい。
理由はわからない。
ただ――
ここを通るとき、いつも足が止まる。
窓がある。
庭の砂は白く、建物の影は穏やかに伸びている。
建物の外壁に並ぶ窓のひとつが、なぜか気になった。
中は暗い。
外の光がガラスに反射し、室内の輪郭を曖昧にしている。
その奥に、子どもがいた。
小さな体。
静かすぎるほど静かな佇まい。
傍らには、その体には重すぎるものが置かれている。
動かない。
まるで、呼ばれるまでそこにいると決めているみたいだった。
生駒は、窓の前まで歩み寄る。
視線が合う。
泣いてはいない。
怯えてもいない。
ただ、ここにいる理由を疑っていない目だった。
「……こんなところにいたんだ」
声が、ガラスに遮られて少し鈍る。
子どもは首を傾げた。
「ここからは、出ちゃいけない」
教えられた言葉を、そのままなぞるような口調だった。
「どうして?」
少し考えてから、子どもは答えた。
「……そう言われてる」
それ以上は、知らないという顔だった。
生駒は窓枠に手を置く。
冷たい。
外は明るく、風が通っている。
遠くで、人の気配がする。
「ここ、暗いよ」
そう言うと、子どもは窓の外を見た。
眩しそうに目を細める。
「……まぶしい」
「でしょ」
当たり前のことを言うみたいに、生駒は続けた。
「日の当たる場所があるんだ」
子どもは、少しだけ身を固くする。
「……外は、舞台なの?」
生駒はうなずいた。
「うん。みんなが見るところ」
「ちゃんと、名前を呼ばれるところ」
子どもの指が、傍らにある影に触れた。
「呼ばれたら……戻れないかもしれない」
声は幼いのに、その言葉だけがやけに重い。
「戻らなくていいよ」
生駒は迷わなかった。
「ここにいなくていい」
窓越しに、手を伸ばす。
触れられないと知っていても。
「一緒に、行こう」
沈黙が落ちる。
長い時間が流れたように感じた。
やがて、子どもは立ち上がった。
窓の向こうで、生駒を見る。
その目にあったのは、恐れじゃない。
選んでしまった者の、静かな覚悟だった。
「……行く」
小さな声だった。
その瞬間、生駒の胸が高鳴る。
見つけた。
連れていける。
そんな感覚だけが、確かに残った。
背後で、遠く、低い音が鳴った。
それが始まりの音だと、
このときの生駒は、まだ知らない。
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