第24話

――幕のあと、もう少しだけ


舞台裏の通路。

片付けの気配が、遠くでざわめいている。


生駒光忠は、柱にもたれかかって天井を見上げていた。


「……終わったなあ」


その声は、どこか他人事みたいだった。


「終わったねえ」


ふわり、と声が落ちてくる。


振り向くと、三光正宗がいた。

照明の残光をまとって、相変わらず掴みどころがない。


「今回の舞台、どうだった?」


三光は、感想を聞くというより、

“確認”するような口調で問いかける。


生駒は少し考えてから、肩をすくめた。


「……ちゃんと、舞台だった」


「ふうん」


「うまくいったとか、そういうのじゃなくてさ。

 立つ理由が、ちゃんとあったっていうか」


三光は目を細める。


「主役が、主役である理由?」


「たぶん」


生駒は、舞台の方向を見る。


「……俺、支える側でよかったと思う」


三光は、その言葉を否定しない。


「それも、立派な立ち位置だよ」


「でもさ」


生駒は、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「……ちょっとだけ、羨ましかった」


三光は、何も言わない。

ただ、やわらかく笑った。


「その“ちょっと”が、あとで効いてくるんだよ」


意味深な言葉を残して、三光はふわりと去っていった。


生駒は一人、しばらくその場に立っていた。



一方、舞台裏のさらに奥。


医療灯の下で、児手柏包永は腰を下ろしていた。


「……ったく」


鉋切長光が、呆れたように舌打ちする。


「無茶しすぎだろ」


「うるさいな」


児手柏は、不機嫌そうに答えながら、

自分の足首を隠すように布を引き寄せた。


だが、鉋切は見逃さない。


「足、見せろ」


「いいって言ってるだろ」


「いいから」


強引に布をめくると、

足首には、まだ新しい傷が残っていた。


靴の中で、ずっと庇っていた痕。


「……舞台、立つ前からだな」


鉋切の声が低くなる。


児手柏は、視線を逸らす。


「……靴が壊れた時、ちょっとな」


「ちょっとで済む傷じゃねえ」


「でも、立てた」


その言葉は、誇らしげだった。


「立っただろ。主役」


鉋切は溜息をつく。


「だから言ってんだ。

 “主役”は、無傷じゃいられねえんだよ」


児手柏は、少しだけ黙る。


それから、ふっと笑った。


「……じゃあ、僕、向いてるな」


鉋切は、言葉に詰まってから、乱暴に包帯を巻く。


「バカ」


「知ってる」


児手柏は、足を床につける。


痛みはある。

でも、それ以上に――胸が軽かった。


「次も、立つから」


鉋切は顔を上げないまま言った。


「……その時は、もっとマシな靴用意しとけ」


「当然」


二人の間に、短い沈黙。


その向こうで、

次の幕の気配が、静かに動き始めていた。

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