第23話

――幕のあと


幕が下りる。


拍手は、ない。

歓声も、ない。


それでも、確かに舞台は終わった。


ギトウシアターの裏手。

照明の落ちた廊下には、舞台の熱だけが残っている。


児手柏は、靴を脱いで床に腰を下ろしていた。

肩で息をしながら、つま先を見つめている。


「……疲れた」


その声は、少しだけ晴れていた。


清水藤四郎は、壁際に立ったまま動かない。

もう、短刀に手を伸ばすことはなかった。


沈黙のあと、ぽつりと落ちる声。


「……輝いてた」


児手柏が顔を上げる。


「だろ」


誇るでもなく、飾るでもない。

ただ、舞台に立った者としての当然の返事だった。


清水は視線を逸らす。


「……俺は」


言いかけて、言葉を切る。

それ以上を語る資格がないと、自分で線を引いたように。


やがて、背を向ける。


「……見届けた」


それだけを残して、清水は去っていった。


足音が遠ざかる。


舞台袖には、生駒光忠が立っている。


剣を振るったわけでも、

舞台の中央に立ったわけでもない。


それでも。


生駒の胸には、妙な熱が残っていた。


(……すごいな)


児手柏の背中を見る。


主役として立つ覚悟。

奈落を見下ろして、それでも前を向く強さ。


そして――

それを支えた、自分の手。


(俺は……)


そこまで考えて、生駒は小さく息を吐いた。


「……いや」


まだ、違う。


今は、まだ。


生駒は、舞台の中央を見つめる。


誰もいないはずの場所。

けれど、確かに“輝き”が残っている。


(主役って……)


言葉にならないまま、想いは胸の奥に沈む。


そのとき、児手柏がふいに振り返った。


「生駒」


「なに?」


「……ありがと」


照れたように、ぶっきらぼうに。


生駒は一瞬だけ驚いて、

それから、いつものように微笑った。


「どういたしまして」


その声は、穏やかで、王子様みたいで――

けれど、確かに“少年”だった。


幕の裏で、何かが芽吹く。


まだ名もない感情。

まだ形にならない願い。


それは、次の幕が上がるのを待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る