第21話

舞台の光が、再びわずかに灯る。


完全なスポットライトではない。

奈落へ落ちる寸前の、縁をなぞるような淡い明かり。


児手柏は、舞台中央で立ち尽くしていた。

裸足のまま、床の冷たさを確かめるように。


その背後から、足音がする。


軽くて、ためらいのない足取り。


「……ちょっと待って」


振り返るより先に、声でわかった。


生駒光忠だ。


「一人で平気、なんだろ」


そう言いながら、

生駒はしゃがみ込む。


手にしているのは、

先ほどまで彼が持っていた、

損傷の激しい方の靴。


焼け焦げた跡。

縫い直された痕。

それでも、浮股が無理やり“舞台用”に仕立て直した一足。


「歩くのは、一人でもさ」


生駒は、靴を床に置き、

児手柏の足元へそっと寄せる。


「履くのまで、一人じゃなくてもいいだろ」


児手柏が、はっと息を呑む。


「……俺は」


言いかけて、止まる。


生駒は見上げない。

ただ、紐を整え、

壊れかけた踵を支えるように、慎重に靴を開く。


「動けなくなるのはさ」


静かな声。


「転んだときじゃない」


「立てないって、思い込んだときだ」


児手柏の足に、

靴が触れる。


一瞬、身体が強張る。


焼けた記憶。

見向きもされなかった日々。

“舞台に立てない”と決めつけられた、あの感触。


けれど。


生駒の手は、乱暴じゃない。


無理に押し込まない。

支えるだけだ。


「……ほら」


「足、入れて」


児手柏は、ゆっくりと、

自分の意思で足を前に出す。


靴の中に、

確かな重さが戻る。


地面と繋がる感覚。


もう片方の靴は、

いつの間にか浮股が持ってきていたのだろう、

修理された跡が光っている。


生駒は、両方の靴を履かせ終えると、

立ち上がる。


そして、少しだけ照れたように言う。


「……これで」


「舞台に立てない、は言わせない」


児手柏は、足元を見る。


靴がある。


“立つための理由”が、そこにある。


「……ずるいな」


小さく、そう呟いて。


顔を上げたとき、

その目には、さっきまでの空虚さはなかった。


「でも」


一歩、踏み出す。


靴音が、舞台に響く。


「行くよ」


生駼ではなく、

生駒でもなく、

“迎えに来た誰か”でもない。


自分の足で。


生駒は、もう追いかけない。


ただ、少し後ろで、

その背中を見守る。


(……ほらな)


(ちゃんと、歩ける)


舞台の光が、

ほんの少し、強くなった。

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