第20話
ギトウ幕の光が、ゆっくりと鎮まっていく。
完全に終わったわけではない。
ただ、刃を交える理由が、今は失われただけだ。
清水藤四郎は、短刀を下ろしたまま、何も言わなかった。
それ以上踏み込めば、自分の言葉が誰を壊すのか、
もう理解してしまったからだ。
生駒は、静かに息をつく。
そして、児手柏の方を向いた。
裸足のまま立つその姿は、
舞台の上ではあまりに無防備で、
あまりに痛々しい。
「……帰ろう、一緒に日の当たる場所へ行こう」
生駒は、そう言って、一歩近づく。
差し出した手は、
命令でも、救済でもない。
ただの、同行の誘いだった。
児手柏は、その手を見た。
白くて、傷一つないわけじゃない手。
何度も誰かを舞台に立たせてきた、
“支える側”の手。
一瞬だけ、指先が揺れる。
——けれど。
「……いい」
小さく、でもはっきりと。
生駒が目を瞬かせる。
「一人で、平気」
声は弱い。
強がりだと、すぐにわかる。
それでも、児手柏は一歩、後ろへ下がった。
「ここまで来れたんだ」
「だったら、最後まで……」
言葉は続かなかった。
代わりに、児手柏はしゃがみ込み、
舞台の床に落ちていた“光”を拾い上げる。
それは、さっきまでギトウ幕を照らしていた、
名もない欠片だった。
ぎゅっと握りしめ、立ち上がる。
裸足のまま、
自分の足で、舞台の中央へ向かう。
——逃げない。
——頼らない。
——でも、降りもしない。
生駒は、その背中を見つめたまま、
差し出した手を、ゆっくりと下ろした。
「……そっか」
責める声ではない。
「わかった」
それだけ言って、
生駒は半歩、距離を取る。
清水藤四郎が、低く呟く。
「……強いな」
生駒は答えない。
ただ、心の中で思う。
(違う)
(強いんじゃない)
(戻ろうとしてるだけだ)
児手柏は、振り返らない。
けれど、舞台の中央で、
ほんの一瞬だけ、足を止める。
そして、深く息を吸った。
言葉はない。
宣言もしない。
それでも、
舞台に立つという選択だけが、そこにあった。
ギトウ幕は、完全に閉じる。
残ったのは、
裸足の少年と、
見守ることを選んだ少年。
そして、生駒光忠の胸に、
小さく、確かな感情が芽生え始めていた。
(……ああ)
(俺は)
(こういう瞬間を、守りたいんだ)
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