第19話
闇が、すっと降りた。
完全な暗転ではない。
舞台を縁取るように、淡い光が浮かび上がる。
床の紋様が、脈打つように輝き始めていた。
生駒は息を呑む。
「……始まった?」
誰かが宣言したわけではない。
だが、この空気を知っている。
——これは、ギトウ幕だ。
斬らない。
だが、逃げられない。
刀の「意志」だけが、舞台に残される。
清水藤四郎は、静かに短刀を拾い上げた。
「安心していい」
その声は、優しかった。
「これは処刑じゃない」
「……」
「選別だ」
生駒の眉が、ぴくりと動く。
「……選別?」
清水は頷く。
「舞台に立つ資格があるかどうか」
「輝けるかどうか」
「主役になれるかどうか」
一つひとつ、丁寧に並べる。
「それを判断するのは、残酷だけど……必要なことだ」
生駒は、児手柏をちらりと見る。
児手柏は、何も言わない。
いや、言えない。
裸足のまま、舞台の縁に立ち、
自分が“評価される対象”になっていることに耐えている。
「……清水」
生駒は、低く言った。
「それ、本気で“優しさ”だと思ってる?」
清水は、少しだけ首を傾げた。
「他に方法がある?」
「ある」
即答だった。
「“待つ”ことだ」
清水の目が細くなる。
「待って、どうする?」
「戻るのを」
「立ち上がるのを」
「自分で決めるのを」
清水は、ふっと笑った。
「甘いな、生駒」
その笑みは、どこか疲れている。
「輝きは、待っても戻らない」
「火が消えた刀は、もう光らない」
——その言葉が、
児手柏の胸を、確実に抉った。
(……ちがう)
心の中で、否定する。
(消えたんじゃない)
(見えなくなっただけだ)
でも、声にできない。
生駒がいる。
清水がいる。
舞台が、ある。
自分の弱さが、全部さらされている。
「……だったら」
生駒は、一歩前に出た。
「俺が証明する」
清水が、目を見開く。
「児手柏は、終わってない」
「主役になれなくても?」
「今は、なれなくてもだ」
生駒は言い切る。
「“今”で切り捨てるな」
清水の声が、わずかに荒くなる。
「今しか見られないからこそ、決めるんだ!」
「未来に期待するのは、ただの先延ばしだ!」
——その瞬間。
児手柏の視界が、歪んだ。
(やめて)
二人の言葉が、
自分の存在をめぐってぶつかっている。
(そんなふうに、言わないで)
清水の「正しさ」が、
生駒の「信じたい気持ち」が、
どちらも、自分を削る。
(僕は……)
床の光が、強くなる。
ギトウ幕が、完全に開いた。
生駒は、清水をまっすぐ見据える。
「清水」
声は震えていない。
「君は、“輝けない刀を救う”って言った」
清水は黙る。
「でも、それは救いじゃない」
生駒は続ける。
「君が救ってるのは、
“輝いてる舞台”の方だ」
清水の瞳が、揺れた。
「……それの、何が悪い」
「悪いなんて言わない」
生駒は、少しだけ笑う。
「でも俺は、違う」
児手柏を見る。
「輝けなくなった刀が、
それでもここに立ってること自体が、
もう一つの答えだと思う」
沈黙。
清水は、短刀を強く握りしめた。
「……君は」
低く、吐き出す。
「本当に、残酷だな」
生駒は首を振る。
「優しいだけだ」
児手柏の胸に、
小さな、熱が灯る。
(……まだ)
(僕、ここにいていいのか)
ギトウ幕は、まだ終わらない。
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