第17話

舞台の裏でも、客席でもない。

照明が届かず、床だけが淡く光る場所。


——ここは、舞台に立てなかった刀が、

自分自身と向き合わされる場所だった。


児手柏包永は、裸足だった。


両方靴を失った、どこかに置き去りにしてきた。


「……来るなって言っただろ」


背後に立つ気配に、振り返らずに言う。


「迎えに来たんじゃない」


静かな声が返ってくる。


清水藤四郎だった。


「確認に来ただけだ」


児手柏は、乾いた笑いをこぼす。


「確認? 何を」

「——君が、もう」


言葉が、わずかに詰まる。


「主役として、煌めけないかどうかを」


その一言で、空気が凍りついた。


児手柏は、ゆっくり振り返る。


「……そんなの、分かってる」


焼けた記憶。

見向きもされなくなった時間。

舞台に立つ資格を、奪われたあの日。


「分かってるから、逃げたんだ」


清水は、一歩、距離を詰めた。


「逃げていいと思っているのか」

「……生きてちゃ、だめ?」


その問いに、清水は答えなかった。


代わりに——

自分の腰に差していた短刀を抜いた。


澄んだ刃が、光を反射する。


児手柏の目が、見開かれる。


「……なに、それ」


清水は、ためらいなく、

その短刀を柄を向けて差し出した。


「これを使え」


「……は?」


声が、かすれる。


「主役として煌めけないなら」


清水は、淡々と言った。


「——奈落送りだ」


一拍。


「自害しろ」


言葉が、空間に落ちた。


児手柏の指が、震える。


「……冗談、だよね」

「冗談じゃない」


清水の目は、逸れていない。


「君は、輝くはずだった」

「……」

「焼けてもなお、

 誰よりも舞台に立つ資格がある刀だった」


声が、少しだけ揺れる。


「だからこそ」


短刀が、さらに近づく。


「立てないまま、生きているのは——

 君自身を、否定することになる」


児手柏は、後ずさった。


「そんなの……そんなの、君の理屈だ」


「理屈だよ」


清水は認めた。


「でも、信じたかった」


拳が、ぎゅっと握られる。


「君が焼けて失われたなんて、

 そんな終わり方じゃないって」


「……」


「だから」


清水は、静かに言う。


「中途半端に、生きるな」


短刀が、落ちた。


——床に。


「選べ」


清水は目を閉じた。


「主役として、もう一度煌めくか」

「それができないなら——」


「……」


「奈落へ行け」


児手柏は、床に落ちた刃を見つめた。


拾えば、終わる。

拾わなければ、

“主役になれなかった刀”として生き続ける。


どちらも、怖かった。


「……清水」


小さな声。


「君はさ」


「……」


「僕が死んだら、安心する?」


清水は、答えなかった。


答えられなかった。


その沈黙が——

すべてだった。


次の瞬間、

児手柏は刃に手を伸ばす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る