第16話
浮股の手元で、靴は少しずつ形を取り戻していた。
軽傷の方はすでに整え終え、今は生駒が抱えていた、
焼けて裂けたほうに取りかかっている。
「……焦げ、深いなあ」
「無理しなくていい」
生駒は静かに言った。
「直らなくても、今は——」
「いや、直す」
浮股は即答した。
「完全じゃなくても、履けるところまで」
そのときだった。
——す、と。
通路の奥、照明の切れた影の中から、
一人の少年が姿を現した。
「……」
誰よりも静かで、
誰よりも気配が薄い。
短刀、小夜左文字。
浮股の手が、止まる。
「……見てた?」
小夜は小さく、うなずいた。
「最初から」
歌仙が一瞬、身構える。
「……何の用だ」
「用はない」
小夜の視線は、生駒でも歌仙でもなく、
床に置かれた靴に向いていた。
「ただ、見届けるだけ」
生駒は、ゆっくり立ち上がった。
「止めに来たわけじゃないんだね」
「止める理由が、ない」
小夜は淡々と答える。
「修理している。
それは、舞台に戻す準備だ」
「……」
生駒は何も言わず、続きを待った。
「でも」
小夜の声が、ほんのわずかだけ低くなる。
「直したからといって、
必ず立てるわけじゃない」
浮股が、ちらっと小夜を見る。
「分かってるよ」
「それでも直す?」
「直す」
即答だった。
小夜は、そのやり取りをしばらく見つめ、
それから生駒に視線を移した。
「君は」
「うん」
「彼が、立てないままでも迎えに行く?」
生駒は、少しだけ考えた。
「立てないなら、一緒に立てる場所を探す」
「舞台じゃなくても?」
「舞台が、彼の全部なら……
舞台に戻す方法を、考える」
小夜は目を伏せた。
「……優しいね」
その言葉には、棘も、皮肉もなかった。
「でも」
「うん」
「それは、覚悟がいる」
小夜は、靴を見つめる。
「焼けた記憶は、消えない。
失われたと思われた時間も、戻らない」
浮股の針が、布を貫く音がする。
「それでも、履かせる?」
生駒は、はっきりと答えた。
「履かせる」
小夜は、少しだけ目を見開いた。
——そして。
「……なら、いい」
それだけ言って、道を譲るように一歩下がった。
歌仙が、低く息を吐く。
「通すのか」
「止める理由が、なくなった」
小夜は答える。
「靴を直すところを、見届けた。
それが、僕の役目」
浮股が、最後の糸を締めた。
「……よし」
床に並べられた、二足の靴。
完全ではない。
傷も、焼け跡も残っている。
それでも——
揃った。
生駒は、そっとそれを見下ろした。
「ありがとう」
「まだ履かせてないよ」
「それでも」
小夜は、その様子を見つめながら、静かに言った。
「この先で、
彼を止めようとする刀がいる」
生駒は顔を上げる。
「……清水だね」
「うん」
小夜は、はっきりとうなずいた。
「彼は、
“輝いてほしかった”からこそ、絶望している」
その言葉は、次の衝突を予感させるには十分だった。
小夜左文字は、通路の影に戻る前、
最後にこう告げた。
「靴は、舞台に立つためのものじゃない」
「?」
「戻ってくるための、目印だよ」
そう言い残し、
小夜の姿は静かに消えた。
——次に待つのは、
守ろうとして、壊そうとする刃。
ここから先は、
止めなければならない戦いだ
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