第15話
生駒の手の中にある靴は、ひどい状態だった。
爪先は裂け、革は焦げ、底は半分ほど剥がれている。
「……」
舞台裏の通路にしゃがみ込み、生駒はそれを見つめていた。
これでは、立てない。
踊るなんて、論外だ。
——それでも。
「それ、もう片方と揃えないと意味ないでしょ?」
軽い声が、上から降ってきた。
顔を上げると、浮股信長がいた。
彼の手には、もう一足の靴。
こちらは擦り傷こそあるが、形はまだ保たれている。
「こっちは俺が拾った。逃げる途中で落としたんだろうね」
「……そっちは、まだ生きてるな」
「でしょ? 問題はそっち」
浮股は、生駒の手元を覗き込む。
「いや〜、よくここまで壊したな」
「……舞台から降りるって、こういうことなんだと思う」
生駒は静かに言った。
浮股は一瞬だけ黙り、それから肩をすくめる。
「ま、だから直すんだけど」
「直るのか?」
「直す。片方だけじゃ意味ないでしょ」
浮股は軽傷の靴を床に置き、
代わりに生駒から重傷の靴を受け取ろうとして、止まった。
「……?」
生駒が、少しだけ靴を引いた。
「これ、俺が持つ」
「え?」
「そっちは任せる。こっちは……」
言葉を探し、結局こう言った。
「今の児手柏そのものだから」
浮股は、ふっと笑った。
「重いねぇ」
「分かってる」
そのやり取りを、少し離れた場所で見ていた影があった。
「……無様」
低く、冷えた声。
歌仙兼定だった。
「舞台に立つ者の靴が、その有様とは」
「今は立ってないからね」
「……」
歌仙は一歩近づき、靴を見下ろす。
「修理する意味があるのか?
いまの彼は、代役すら立てない状態だろう」
浮股が即座に返す。
「あるよ。直さなきゃ、立てるかどうかも分かんないじゃん」
「その縫い方は下品だ」
「丈夫なんだよ」
歌仙は眉をひそめる。
「美しくない」
「舞台で壊れないほうが大事」
二人の視線が火花を散らす。
「……」
生駒は、その間に立つように言った。
「どっちも必要だと思う」
二人が同時にこちらを見る。
「舞台は、立てて初めて意味がある。
でも、立ち続けるなら……綺麗じゃないと、心が折れる」
歌仙は、息を詰めたように黙った。
「……君は」
ぽつりと、呟く。
「刀剣に向ける目が、あの人にそっくりだ」
生駒は困ったように笑った。
「俺は、その人じゃないよ」
「分かっている」
歌仙は視線を逸らす。
「……分かっているから、腹立たしい」
浮股が、わざとらしく手を叩いた。
「はいはい、修理始めるよー!」
「……強引だな」
「今さら?」
浮股は軽傷の靴から手をつけ始める。
「こっちは俺が整える。
そっちは——」
視線が、生駒の手の中の靴に向く。
「最後に合わせる」
「……うん」
生駒は、その靴を胸に抱えた。
壊れて、焦げて、
今はもう、舞台に立てない象徴。
それでも。
「迎えに行く」
小さく、けれど確かに言った。
ギトウ少年は、
舞台に立つことでしか、生き方を示せない。
だからこそ——
立てなくなった者を、置き去りにはできない。
生駒は、通路の奥を見つめた。
次に現れる影が、
試練なのか、導きなのかは分からない。
だが、この靴を揃えるまでは、
引き返すつもりはなかった。
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