第13話
希首座と晴思剣の元から去ったあと、生駒はしばらくその場を動け無くなってしまった。
責められたわけではない。
止められたわけでもない。
それでも胸の奥に、わずかな引っかかりが残っている。
――君は、児手柏をどれほど知っている?
その問いが、剣先のように静かに刺さっていた。
「……」
生駒は息を整え、歩き出そうとする。
その瞬間だった。
「焦ると、舞台を見失うよ」
声は、柔らかく。
だが、はっきりとそこにあった。
振り返ると、古今伝授の太刀が、廊下の影に立っていた。
いつからいたのかは分からない。
だが、“今来た”とは到底思えなかった。
「古今伝授……」
生駒は自然と背筋を伸ばす。
彼の前では、言葉を飾る必要がないことを知っているからだ。
「迎えに行くつもりだね」
「はい」
即答だった。
「児手柏を舞台に戻したい。
それが、今の俺にできること」
古今伝授は、わずかに目を細めた。
「“戻す”か」
その一言に、含みがあった。
生駒は、否定も肯定もせず、続ける。
「彼は、舞台に立てない状態ではないよ。
……立てないと、思い込んでいるだけ」
「思い込ませたのは、誰だろうね」
生駒は、言葉に詰まった。
焼けたこと。
忘れられたこと。
誰にも見向きされなくなった時間。
それらは確かに“過去”だ。
だが、舞台では過去もまた、現在の一部になる。
「君は、彼の“今”を見ているつもりかい?」
生駒は、ゆっくりと首を振った。
「……正直に言えば、いいえ」
それでも、と彼は続ける。
「それでも、迎えに行きたいのです。
ギトウ少年にとって、舞台に立つ理由は――
輝いているからではなく、輝こうとするからだと、俺は思っているんだ」
古今伝授は、その言葉を遮らなかった。
しばらくの沈黙のあと、静かに言う。
「なら、覚えておくといい」
生駒の視線が、自然と彼に向く。
「児手柏は、
“舞台に立てない”ことを恐れているんじゃない」
「……」
「立った結果、再び見捨てられることを恐れている」
その一言は、試練でも否定でもなかった。
ただの事実だった。
生駒の胸の奥で、何かが静かにほどける。
「……ありがとう」
生駒は、深く一礼する。
「では、君はどうする?」
古今伝授は、答えを与えない。
生駒は一瞬だけ目を伏せ、そして顔を上げた。
「俺は――
彼を“主役として”迎えに行くのではないよ」
ゆっくりと、はっきりと。
「彼が立つかどうかを、
彼自身に選ばせるために、迎えに行く」
古今伝授は、ふっと笑った。
「それでいい」
そして、付け加える。
「その覚悟があるなら――
次は、彼に会うための必要なことをするのだ」
生駒が問い返す前に、古今伝授の姿は、風に溶けるように消えていた。
残されたのは、静かな廊下と、
生駒の胸に残る、確かな覚悟だけだった。
彼は、歩き出す。
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