第12話

 走りながら、俺は考える。


 ――ここは、劇場だ。


 けれど、ただの劇場じゃない。


 幕が上がれば、

 役を得た者は輝き、

 役を失った者は、音もなく舞台から零れ落ちる。


 剣を振るえば強くなるわけでも、

 声を張れば救われるわけでもない。


 この場所で価値を決めるのは、

 「舞台に立ち続けられるかどうか」

 それだけだ。


 俺たちは――

 ギトウ少年と呼ばれている。


 刀としての名を持ちながら、

 人の姿を与えられ、

 舞台の上で技を交え、物語を刻む存在。


 少年、と呼ばれてはいるが、

 誰一人として無垢じゃない。


 折れた記憶だったり、

 忘れられた痛みだったり、

 それぞれが胸の奥に抱えている。


 それでも俺たちは、

 笑って、競って、

 誰が一番輝くかを争う。


 舞台の上では、

 それが正しい生き方だからだ。


 刀だった頃よりも、

 ずっと残酷な世界かもしれない。


 だが、同時に――

 刀だった頃よりも、

 ずっと自由でもある。


 主を失っても、

 役を得ることはできる。


 歴史に名を残せなくても、

 一幕だけ、主役になることはできる。


 だから、ギトウ少年たちは舞台に憧れる。


 輝くことを、やめられない。


 だが――

 輝けなくなった瞬間、

 この劇場は一気に牙を剥く。


 だから、靴が壊れる。


 だから、幕が下りる。


 だから、裸足で逃げる。


 ――児手柏は、

 誰かに拒まれたわけじゃない。


 観客に背を向けられたわけでも、

 共演者に否定されたわけでもない。


 ただ、自分自身に、

 「もう立てない」と言われただけだ。


 それが、どれほど残酷か。


 俺は、知っている。


 主役になれなくても、

 舞台の中央に立てなくても、

 それでも生きていく道はある。


 だが――

 舞台そのものを愛していた刀ほど、

 その事実に耐えられない。


 役を失うことは、

 存在を否定されることと、

 ほとんど同じだから。


 息が切れる。


 それでも、足は止まらない。


 俺は、主役じゃない。


 今回の舞台で、

 俺が中心に立つことはない。


 俺は、役を繋ぐ者でいい。


 輝きを拾い、

 幕が落ちないよう、

 裏から舞台を支える役でいい。


 それが、俺に与えられた役目なら。


 だが――

 主役が舞台に立てなくなったまま、

 何事もなかったように幕を進めることだけは、

 どうしてもできなかった。


 俺は、迎えに行く。


 役を奪うためじゃない。


 輝きを証明するためでもない。


 ただ――

 「まだ終わっていない」と、

 そう伝えるために。


 床に落ちた、焦げた靴の感触が、

 まだ掌に残っている。


 それは、

 今の児手柏の象徴だ。


 舞台に立てない証。

 それでも、ここに存在している証。


 俺は、走る。


 ギトウ少年として、

 この劇場に立つ者として。


 幕が完全に閉じる、その前に。

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