第11話

 張りつめた空気の中で、

 晴思剣が、くるりと刃を回した。


「ひとつ、聞かせてほしいな。生駒光忠」


 声音は軽い。

 だが、その視線は逃がさない。


「君は、児手柏を迎えに行くと言ったね」


「うん」


 生駒は、静かに頷いた。


「それなら――」


 晴思剣は、わざと間を置く。


「彼が、どんなときに舞台を降りる刀か、知っている?」


 生駒は、すぐには答えなかった。


 思い出そうとする。

 けれど、浮かぶのは断片ばかりだ。


 希首座が、低く告げる。


「児手柏は、

 拒まれたから折れる刀ではない」


「……」


「責められたから逃げる刀でもない」


 静かな声が、胸に沈む。


「彼が舞台を降りるのは、

 自分で“立つ資格がない”と決めたときだけだ」


 生駒は、ゆっくりと息を吸った。


「……そうなんだね」


 晴思剣が、少しだけ目を細める。


「驚かないんだ」


「驚いているよ。

 ただ……否定はできない」


 生駒は、視線を落とす。


「彼は、誰よりも舞台を大切にする。

 だからこそ、立てない自分を許せなかったんだろう」


 希首座が、淡々と続けた。


「では次だ」


 その声は、より冷静だった。


「焼けたあと、

 誰が彼を拾い、

 どうやって舞台に繋ぎ止めたか――知っているか」


 生駒は、首を横に振った。


「……知らない」


 否定も、言い訳も、しない。


 晴思剣が、肩をすくめる。


「知らないまま、迎えに行くんだ?」


「うん」


「ずいぶん無謀だね」


 生駒は、苦く微笑んだ。


「そうかもしれない」


 だが、その声は揺れない。


「けれど、

 知ってからでなければ手を差し伸べられないのなら、

 それは“迎えに行く”とは言えない」


 生駒は、そっと掌を開く。


 そこには、片方だけの靴。


「今の児手柏は、

 舞台に立てない象徴かもしれない」


 希首座の視線が、わずかに揺れる。


「それでも」


 生駒は、顔を上げる。


「立てなくなった理由を知る前に、

 立ちたいと願っていたことだけは、

 僕は忘れたくない」


 晴思剣が、しばし沈黙したあと、笑った。


「……なるほど」


 その笑みは、試すものではなくなっていた。


「完璧な答えじゃないね」


「うん。

 きっと、たくさん間違える」


 生駒は、まっすぐに二人を見る。


「それでも、

 離れないことだけは決めている」


 希首座が、静かに頷く。


「それで十分だ」


 晴思剣が、道を開ける。


「行っておいで、生駒光忠」


「知るのは、

 追いついてからでいい」


 その先で、

 かすかな足音が、再び響いた。


 裸足で、

 舞台から逃げる音。


 生駒は、一礼する。


「……ありがとう」


 そして、走り出した。

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