第10話
生駒光忠は、走っていた。
舞台袖を抜け、
照明の届かない通路を曲がり、
ギトウシアターの“裏”へと足を踏み入れる。
――靴は、さっき拾った。
焦げ跡の残る、
舞台用に仕立てられたはずの靴。
「……これ」
掌の中で、ひどく軽い。
軽すぎて、
誰かの居場所ごと抜け落ちたみたいだった。
生駒は奥歯を噛む。
「今の児手柏は……
舞台に立てない“象徴”みたいな顔して」
だからこそ、放っておけなかった。
見なかったことにも、
代役を立てることにも、
できなかった。
「……迎えに行くって言っただろ」
誰に言うでもなく、
生駒は前を向く。
そのとき。
「――おや」
ふわりと、声が落ちてきた。
通路の先、
半壊した装置の影から、二振りの刀剣が現れる。
一人は、晴れた空の色を思わせる刃。
もう一人は、静かに座す首座のごとき佇まい。
「急ぎ足だね、生駒光忠」
晴思剣が、にこりと笑う。
「そんな顔で走ると、
主役でもないのに舞台を壊すよ?」
希首座は腕を組んだまま、淡々と告げた。
「児手柏を追っているな」
生駒は足を止める。
「……きみたち」
「通すと思った?」
晴思剣が肩をすくめる。
「この先は“幕間”だ。
役者の覚悟がないなら、立ち入る場所じゃない」
生駒は一瞬、言葉に詰まる。
だが――
靴を握る手に、力を込めた。
「覚悟がないかどうか、
勝手に決めないで」
希首座が、わずかに目を細める。
「ほう」
「俺は主役じゃない。」
生駒は真っ直ぐに二人を見る。
「でも、
舞台から逃げたやつを迎えに行くのに、
資格が要るなら――」
一歩、前に出る。
「俺は、その資格を取りに来た」
晴思剣が、楽しそうに笑った。
「いいねぇ。
その目、嫌いじゃない」
希首座は、静かに告げる。
「では試そう。
お前が“迎えに行く者”にふさわしいかどうか」
空気が、張りつめる。
刃が抜かれることはない。
だが、舞台特有の圧が、生駒を包む。
「技斗(ギトウ)だ」
晴思剣が宣言する。
「勝敗は簡単。
お前が“引かない”と証明できればいい」
生駒は、笑った。
少しだけ、震えた笑みで。
「……上等」
その背後で、
どこか裸足で走る音が、微かに響いていた。
生駒は、それを聞き逃さなかった。
「――待ってて、児手柏」
試されているのは、
腕でも、才覚でもない。
誰を舞台に立たせたいか。
誰の手を、最後まで離さないか。
それだけだった。
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