第7話

 幕が上がる。


 スポットライトは、中央に立つ歌仙兼定だけを照らしていた。


「さあ――始めようか」


 声はよく通る。

 立ち姿も完璧。

 剣筋は美しく、足運びに一切の迷いはない。


 観客席が、ざわめく。


「……上手い」

「さすがだな」


 歌仙は、その声を聞いて、さらに一歩踏み込んだ。


「見ていてくれ。

 僕は、ここに立てる」


 剣を振るう。

 照明が呼応する。

 舞台装置が寸分違わず応える。


 完成されたギトウ幕。


 本来なら、拍手が起きていいはずだった。


 ――だが。


 舞台の奥が、妙に静かだった。


 誰もが気づいている。

 この幕は、穴がない代わりに、核もない。


 歌仙は、それを理解していた。


(足りない)


 剣を交わすたび、思う。


(児手柏なら、ここで躓いた)

(ここで息が乱れた)

(ここで、立てなくなった)


 歌仙は、わざと一拍遅らせた。


「……っ」


 呼吸を乱す。

 剣先を、ほんの少しだけ震わせる。


 ――“演技の失敗”。


 それでも舞台は崩れない。


 歌仙は、歯を食いしばった。


「違う……」


 さらに踏み込む。


 台詞を強く。

 動きを大きく。

 感情を過剰に。


「僕は、ここにいる!」

「主役がいないなら――」


 声が、響きすぎる。


 光が、強すぎる。


 輝いている。

 だが、それは“求められた輝き”ではない。


 舞台袖で、三光正宗が呟いた。


「……歌仙、頑張りすぎだ」


 古今伝授は、視線を逸らさずに言う。


「無理をしている刀の輝き」


 歌仙は、聞こえていないふりをした。


 剣を振るうたび、

 観客ではなく、不在の主役を見ている。


(どうして)

(どうして、立てない君が)

(ここに呼ばれる)


 歌仙の動きが、わずかに乱れる。


 完璧だったはずの軌道が、

 ほんの一瞬だけ、空を切った。


 その瞬間。


 照明が、一拍遅れた。


 舞台が、歌仙に追いつけなくなる。


 歌仙は、悟った。


(ああ……)


(この舞台は)


(僕の完璧さを、欲しがっていない)


 それでも、止まれない。


「終わらせるわけには……!」


 剣を掲げる。

 決めの型。


 ――完璧なフィニッシュ。


 拍手は、起きた。


 だが、どこか遠慮がちだった。


 幕が降りる。


 歌仙は、息を切らしながら、立ち尽くす。


 勝った。

 失敗しなかった。

 舞台は壊れなかった。


 それでも。


 胸の奥に、ぽっかりと穴が空いていた。


「……僕は」


 誰にも聞こえない声で、呟く。


「主役の代わりには、なれても……」


 照明が落ちる。


 舞台は、次の幕を待っている。


 壊れたまま、立てない主役を。

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