第6話

 舞台袖。

 主演不在の空白が、まだ冷めきらない場所。


「……次は、僕が出る」


 歌仙兼定は、きっぱりと言った。


「児手柏が逃げた以上、舞台は止められない。

 なら、代わりに立つ役が必要だ。

 僕でいい――いや、僕が一番ふさわしい」


 誰もすぐには否定しなかった。

 それが、かえって歌仙を苛立たせる。


「技も、声も、段取りも、全部覚えてる。

 今すぐでも主役ができる。

 それなのに……」


 ふわり、と。


 三光正宗が現れ、柔らかく息を吐いた。


「うん……歌仙が立つのは、問題ないよ」


「でしょう?」


「でもね」


 三光は、いつもより少しだけ真剣だった。


「それは――

 児手柏の代わりなんだ」


 歌仙の表情が、固まる。


「……同じ台詞を言う。

 同じ位置に立つ。

 同じ剣を振る。

 それでも?」


 三光は、静かに頷いた。


「うん。

 それでも主役じゃない」


「……どうして」


 歌仙の声が、低くなる。


「僕のほうが安定してる。

 失敗しない。

 舞台を壊さない。

 なのに、どうして“あの刀”なんだ」


 その問いに、答えたのは古今伝授の太刀だった。


「児手柏は、壊れている」


 短い一言。


 だが、重い。


「……それが理由?」


 歌仙は噛みつくように聞いた。


「舞台はね」


 三光が言葉を継ぐ。


「完成した役者を求める時もあるけど……

 今回、呼ばれているのは違う」


 一拍。


「今の舞台が欲しがっているのは、

 立てない主役なんだ」


 歌仙は、思わず笑った。


「馬鹿げてる。

 立てないなら、主役じゃない」


 古今伝授が、淡々と告げる。


「立てないから、主役だ」


 歌仙の笑みが、消える。


 三光は、やさしく、しかし逃げ場を塞ぐように言った。


「児手柏は、

 “舞台に立てない自分ごと”呼ばれてる」


「……」


「歌仙は、立てる。

 だから、代わりができる」


 その言葉は、

 褒め言葉であり、残酷な判定だった。


「完成している役者は、

 穴を埋められる。

 でも――」


 三光は少しだけ目を伏せる。


「壊れている主役は、

 代われない」


 沈黙。


 歌仙は、しばらく何も言わなかった。


 やがて、剣を強く握りしめる。


「……つまり」


 声が、かすれる。


「僕は、

 “安全な選択”だと言いたいんだね」


 古今伝授が、最後に一言。


「安全な刀は、主役になれない」


 歌仙は、唇を噛み、

 それでも背筋を伸ばした。


「……それでも、僕は出る」


 低く、しかし強く。


「主役が戻るまで。

 たとえ代役でも、

 この舞台で、誰よりも輝いてみせる」


 三光は、少しだけ微笑んだ。


「うん。

 それでいい。

 歌仙は、代役として最高だ」


 その言葉に、

 歌仙ははっきりと――傷ついた。


 だが同時に、

 胸の奥で、燃えるような嫉妬が芽生えていた。


 舞台に呼ばれるのは、

 いつだって“壊れたほう”なのだ。

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