第5話
舞台の端で、
児手柏包永が靴を脱ぎ捨て、裸足のまま走り去った。
一瞬の沈黙。
照明は落ちきらず、
幕も下りない。
――つまり、舞台はまだ続行中だった。
「……あーあ」
最初に声を出したのは、浮股信長だった。
剣を肩に担いだまま、わざとらしく天を仰ぐ。
「これは派手にやっちまったな。
台本に“主演が靴置いて消える”なんて書いてあったか?」
「ないね」
希首座は即答する。
視線は逃げた児手柏ではなく、舞台中央の空白を見ていた。
「でも、起こると思ってた。
あの子、ずっと“立ってるだけで精一杯”だった」
「それ、今言う?」
晴思剣が眉をひそめる。
剣先を床に軽く当て、乾いた音を鳴らした。
「開幕前から足元見てたろ。
靴、合ってなかった。
舞台ってさ、そういうの……残酷に拾うよな」
浮股信長が口笛を吹く。
「うわ、出た出た。
“舞台は嘘つかない”ってやつ」
「嘘はつかないけど、優しくもしない」
希首座は淡々と続ける。
「特に今回は、生駒がいる。
あの位置取り……無意識に主役を引き立てる癖がある」
「それが余計に刺さった、って?」
晴思剣が小さく息を吐く。
「そ。
隣に立って、“支えられてる”って気づいた瞬間、
耐えられなくなる刀もいる」
三人の視線が、
舞台に残された“靴”へと集まる。
ぽつん、と。
そこだけ現実みたいに冷たい。
「……拾わねえの?」
浮股信長が言う。
「誰か拾うだろ、そのうち」
希首座は肩をすくめた。
「でも、今じゃない。
今拾ったら、“代役が立つ”合図になる」
晴思剣が苦笑する。
「なるほど。
じゃあこの幕、どうすんだよ」
三人は同時に、舞台中央を見る。
そこにいるのは、生駒光忠。
主役ではない。
でも、誰よりも舞台を理解している刀。
「……止めるだろ」
浮股信長が言った。
「だな」
「うん」
三人の意見は一致していた。
その瞬間、生駒が一歩、舞台の外へ下がる。
照明がわずかに揺れ、
ギトウ幕は中断を告げる。
「はいはい、解散解散」
浮股信長が軽く手を叩く。
「今日の教訓。
心が追いついてないやつを、舞台に立たせるな」
「違う」
希首座が静かに否定する。
「立たせたから、壊れたんだ」
「……どっちにしろ」
晴思剣は靴から視線を外し、呟いた。
「次は、生駒が迎えに行く番か」
三人は、それ以上何も言わなかった。
舞台の失敗を、
“事件”ではなく“必然”として受け止めて。
それが、彼らが共演者である証だった。
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