第5話 そして現在➁

「彼女は確かにあのとき、あの瞬間を生きていた。俺らにはそれがとても眩しく映ったんだと思う」

そこで、ワタリは最近吸い始めた煙草に火をつけて、続けた。

「でもさ、そのすぐ隣に、自分の生に対して「もう十分かな」っていう諦念が、

どうしようもなく凪いだ海のように横たわっていたんじゃないかな」


彼女から卒業祝いでもらった時計に目をやると

午前5時32分、

日の出前、辺りは濃い青に包まれる

彼女が気に入って着ていたコートの深い青を思い出して胸が苦しくなった。

煙草の煙を燻らせながら夜明けを待つワタリを置いて、僕は海の方へ走り始めた。

どのくらい走っただろうか。

すっかり日が高くなり、僕は防波堤から海を見つめていた。

海は朝日を浴びてキラキラと光っている。

彼女が見ていたのはどんな海だったのだろうか。

願わくば、こんな風に明るくて、まばゆい光に満ちた静かなものであってほしいと僕は強く思った。



「到着列車遅れのご案内を致します。品川から来ます18時42分着の列車は...」

構内に鳴り響くアナウンスで僕は現実に引き戻された。

約20年ぶりの大雪で、横浜の街は大混乱に陥っている。

皆、急遽購入したであろうビニール傘をさして、少し鬱陶しそうな顔をしながら、非日常を楽しんでいるようにも見えた。

僕は「あと少しで到着する(泣)」というメッセージを確認してゆっくりと改札口の方へと歩き始めた。




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雪のふる音が聴こえる @asumi1017

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