第4話 そして現在➀

新卒という立場をわきまえず、周囲の白い目に少しの気まずさを感じながら有休をとった僕は、ワタリとともに彼女の地元である宮崎に向かっていた。

最終便で降り立ったブーゲンビリア空港を出て、ロータリーを歩いていると、ほんのりと潮風を感じた。

もう10月だというのに、南国の風は生ぬるくぼくらにまとわりついた。

「腹減ったな」

ワタリがポツリと言った。

僕らは、そのまま予約していたレンタカーを借りに行った。

「この辺りで、今から食事できる場所はありませんか?」

とてものんびりとした動きで、レンタカーの鍵を僕に手渡してくれた店主に尋ねると

「兄ちゃんたち、東京の人ね? この近くやったらええ居酒屋あるよ。ちょっと待ってね」

「いや、お店の名前だけ教えていただければ」

戸惑う僕らを置いて、店主はどこかへ電話をかけ始めた。

「黒木ですけど。今から二人、うん。東京からのお客さんやって、うまいもん食わしてやり」

そうやって、教えてもらった居酒屋へ向かい、僕とワタリは何とかお腹を満たすことができた。

初老の夫婦二人で営んでいるという居酒屋は、僕たち以外に客がおらず、

陽気で少し調子はずれなご主人にたくさんの質問を投げかけられた。

長い移動ですっかり疲れてしまっていた僕らは、きっと都会からきた無愛想な若者に映ってしまったことだろう。




「ホテルに行こうか」と僕がレンタカーの運転席へ乗り込もうとすると、

「いや、俺が運転するよ」と言って珍しくワタリがハンドルを握った。

時刻は丁度午前0時を回ったところで、市内は人っ子一人いなかった。

ワタリは僕らが泊まるはずのホテルの前を通り過ぎても、そのまま車を走らせ続けた。

「どこへ行くんだ」と尋ねかけて僕は止めた。

代わりに、何か音楽でもとラジオのチャンネルを合わせようしたけれど、一向にお目当ての番組を受信できず、

仕方なくNHKの深夜放送を流すことにした。

しばらくして、ワタリが運転する車は海岸沿いへ出た。

暗闇の中でも、荒れた波が白いしぶきをあげているのが見えた。

しばらくの無言が続いた後、僕等は近況をぼそぼそと語り合った。

ワタリはまだリサさんと続いていて、持ち前の観察眼を活かしながら金融業界を生き抜いているようだった。

再びの沈黙の後、僕は眠りに落ちた。

うとうとしながら、僕はサギリさんからかかってきた電話を思い出した。

「アヤは逝ってしまったよ」たった一言彼は言った。




どのくらい経っただろうか。

瞼に微かな光を感じて目を開けるとコンビニエンスストアの駐車場にいた。

ラジオの時報が午前4時を告げた。

ワタリが車に戻ってきて、僕にエナジードリンクを手渡した。

「懐かしいな」

いつも課題の提出間際になってからようやく手を付け始めるという悪癖をもっていたワタリは、学生の頃これにかなりお世話になっていた。

「少し外に出るか」

僕たちは車を降りて、海岸へ向かって歩き始めた。

夜明け前、僕とワタリの他にはたった一人サーフボードを抱えてどこかへ向かう男がいるだけだった。

そういえば、ワタリと海へくるのは初めてだな、そんなことに気が付いた。

しばらく歩いて見つけた妙に真新しいベンチに僕らは腰かけて、波の音に耳を澄ませながら海を眺めた。




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