第2話 眩い日々➀
2泊3日のスキー旅行を終え、帰ってきてからも、僕の頭の中はいつも彼女で埋め尽くされていた。
彼女がいるはずの法学部棟の前を通るために、わざわざ遠回りして農学部棟へ向かったり、
雪と銀杏が混ざり合った奇妙な匂いがする12条門を通って構内に入り、すれ違う人の中に彼女を探したり、
とにかく、数日前までの、器用さだけが取り柄の男はすっかり別人のようになってしまったと自分でも自覚していた。
僕が部屋のソファの片隅で物思いにふけっていたあのスキー旅行の日の夜、同じく眠れなかった彼女が起きてきて急に部屋のライトを点けた。
彼女と僕は同時に悲鳴を上げ、それからお互いの面くらった顔を見てクスクスと笑った。
「もう、驚かせないでよ」笑いながらそう言って、彼女は慣れた手つきで2人分のココアをつくると僕の隣に座った。
それから、僕と彼女はようやく、初めて会う者同士がするような、なんてことない会話を始めた。
彼女は法学院の2年で、春からは地元に戻って公務員になるのだと少し悲しそうに言った。
そして、僕が話す研究室のくだらない話を、笑いをこらえながら、おかしそうに聞いてくれた。
まだまだたくさん話したいことはあったけれど、
「そろそろ寝よっか」と彼女は思い切り伸びをして立ち上がり、ふいに僕の方を振り返った。
「アヤトくんってさ、すっごくキラキラしてるよね」
そう言って「おやすみ」と彼女は自分の部屋へと帰っていった。
残された僕の心臓が大きく跳ねた直後に、振り子時計のボーンという音が部屋に鳴り響いた。
12月5日、
講義終わりにワタリとリサさんと狸小路にあるレトロ居酒屋に行こうと約束していた僕は
急いで自転車置き場に向かった。
今年は雪が降ってもなかなか積もらず、12月でも辛うじて自転車を走らせることができていた。
講義等を抜けて自転車に乗り、中央図書館前を通り過ぎたくらいだろうか
正門からこちらの方へ向かってくる学生達の中に、
僕がここ何日も探していた彼女の姿を見つけた。
声をかけようとして、自転車の速度を少し上げた時、
彼女の隣を少し間を空けて歩いていた背の高い男が、僕の自転車から守るように彼女の腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。
彼女は男を見上げる形でありがとうといって、それに応えるように、男が彼女の頭にそっと手を乗せた姿が僕の視界の端に映った。
その数秒間の出来事が、ワタリ達との待ち合わせ場所に着くまでの間、脳裏にこびりついて離れなかった。
結局彼女は僕に気が付かず、
男に引き寄せられた彼女は、何というか、圧倒的な信頼と、少しの切なさと、愛おしさを含んだ
要するに一言でいえば”女”の目をしていた。
後からワタリとリサさんに聞いたところによれば、男はサギリさんといって彼女とは中高の同級生という関係らしかった。
僕はあの後も何度か彼女とサギリさんが一緒にいるところを見かけた。
その度に落ち込む様子を見かねて、「あの二人はもう付き合ってないよ」というリサさんがかけてくれた言葉だけが唯一の救いだった。
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