第1章3節
昼下がりの城下町〈グレンデール〉は、王都より少し素朴で、時間がゆっくり流れていた。
明日の鉱山視察に備え、私はリディアと並んで市場通りを歩く。
本来なら護衛任せで済む仕事。でも――自分の目で確かめたい。
足元の石畳は、細かく砕かれた魔鉱石の粉が練り込まれた古い素材だ。
父が昔、「この街の結界も魔力供給も、ぜんぶその石畳が担っている」と教えてくれた。
ただ聞き流すだけじゃなく、こうして確かめておきたかった。
露店が並び、焼き菓子や香辛料の香りが風に混じる。
私は買い出しリストを見ながら立ち止まった。
「保護帽に安全靴、革手袋……ガーゼのマスクも。うん、必要なものは揃いそうね」
王族でも、現場に立てばただの一人の研修生。
それでいい。肩書きじゃなく、実力で認められたいから。
そう思えば、こう汗をかくのも悪くない。
「お嬢様、灯具用の魔鉱石も買い足しておきましょう。あの鉱山、冷えますから」
リディアが指さした先には、古びた看板。〈魔具工房〉の文字。いかにも一見さんお断りな店構えだ。
扉を開けると、鉄と油の匂いが鼻を突いた。
「おや、嬢さんたち。見ない顔だね」
店主の中年男が顔を上げる。
素人だと思われたくない。私は魔石を手に取るふりをしながら、必死にリディアの視線を追った。
言葉の端々そから読み取れるものがあるはずだ。そう信じないと、店の雰囲気に押し潰されそうだ。
銀色の髪が揺れ、真剣な眼差しが石を見極める。
「店主様、灯具用の魔石を探しております。粗悪なものではなく、波長が安定した長持ちする石を」
「へぇ……いきなり失礼だね、メイドのお嬢さん。うちは手を抜いたりしないよ。最高の仕上がりさ」
「純度100%……とは言わないが、加工と精錬の際は混ざり気のないよう注意したんだぜ」
「混ざり物が分からないほどの加工技術は大したものですが、魔力の揺らぎが大きすぎます。純度は六割を下回っています」
店主の眉がぴくりと動く。私は思わず息をのんだ。リディアの言い方は容赦ない。
「意図的に何か混ぜたって言いたそうだね、お嬢さん」
空気が凍る。私は思わず魔石を強く握りしめた。
空気に置いてかれる悔しさが胸を刺す。
だが、ここで目を逸らしたら終わりだ。
分からないなら、今ここで食らいつくしかない。
「身も蓋もない話だな。……嬢さん、この街の流儀を知ってるか?」
店主が身を乗り出し、目を細める。
「嘘を吐いた者は、“光”を奪われる。……そういう街だ」
店内が静まった。リディアの指先がわずかに動くが、視線は逸らさない。
「……光を奪う、ね」
ディアは視線を逸らさず、棚の魔石に手を伸ばした。
「……だからこそ、あなたも気をつけるべきです」
指先で石を弾く。鈍い音と共に、内部の層がちらりと光った。
「闇に慣れた目ほど、光の偽物に騙されやすい。……端材を混ぜましたね?」
「それに――南東の土砂崩れ。第六から第八斜行が陥没したとか。良質な鉱石、足りなかったんじゃありませんか?」
沈黙。 店主の目が細くなりる。
「……参ったね。どうも」
店主は深く溜息をつき、ふと声を低くした。
「ここ最近、良質な鉱石が妙な出方をしてる。王国の鉱山が異常なペースで掘り尽くされて、市場に出回らねぇんだ。まるで、誰かが裏で根こそぎ抜き取っているみたいに」
リディアの眉がわずかに動く。
「……裏で、ですか」
「ああ。しかもあんたたちが言ったあの土砂崩れは、帝国領との境界に近いだろ? あれは事故に見せかけた破壊工作じゃねぇかって噂だ」
店主は周囲を警戒するように見回し、自嘲気味に笑った。
リディアは静かに店主を見据え、元のセリフを続けた。
「……まぁ、品質を落とす理由は、それだけじゃなさそうですが」
店主の眉がわずかに動く。
だが次の瞬間、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「ハハッ、これは見る目のある嬢さんたちだ。
まぁ、このくらい混ざっていても灯りには支障はないと思うがね」
「……王都から来たのかい? 久しぶりにお目が高いお客人だ」
店主は喉の奥で笑い、奥の棚から箱を取り出した。
私はそっと息を吐くと、張りつめていた肩の力がようやく抜けた。空気が和らいで、本当に良かった。
――次からは失敗しない。魔石の種類くらい、ちゃんと予習しておこう。
小さな決意が、胸の奥で静かに形になる。
「これは“ルミオ鉱”。火種にも灯りにも使える万能石だ。王都じゃ燃料に使うなんて贅沢だが、こっちではまだ現役さ」
私は石を手に取った。指先に、ほんのり温もりが伝わる。私の生命魔力に反応し、光を蓄えようとする特性だ。
魔力が脈を打つように、静かに灯る。懐かしい感覚だった。
「……この光。昔、社で夜道を歩くときに使ってたわ。儀式用だったけど」
「人の温もりを感じる光として、今じゃ逆に重宝されてるのかもな」
店主は掌で石を撫で、光が少し強まる。
「手間はかかるが、そのぶんあたたかい。人のぬくもりが残るんだ」
私は頷き、リディアと目を合わせた。
「……それ、買おう。母上にも使ってもらいたい」
「かしこまりました。――店主様、これを三つほど」
包まれた魔石を胸に抱く。 手のひらに残る温もり。
それが、この先に待つ冷たさと、かろうじて繋がるものになることを――
その時の私は、まだ知らなかった。
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