第4話 見えても見えなくても
週が明けて、俺は主治医にカラオケでの一件を話した。
「いい兆候ですね」
先生は人のよさそうな笑みを浮かべて続けた。
「お友達の姿が見えかけたのは、感情の高ぶりが一時的に症状を緩和したからでしょう」
確かにあの時はキララちゃんの成長を間近で見て感激してはいたが。
「気持ちで症状がよくなることなんてあるんですか?」
「この病気は思春期の不安定な精神状態と密接に関わっています。なにかを好ましく思う人間らしい感情を育てることが大切なんですよ」
キララちゃんのファンになって以来、彼女を愛でる気持ちに救われていた部分は間違いなくあった。
それが病気そのものの特効薬になりうるとはなんという僥倖か。
黒牧さんは文字通り俺にとって救いの女神だったというわけだ。
ところが、そんな彼女との関係にちょっとした問題が起きていた。
「黒牧さん、今日のお昼は時間ある?」
「ごめんなさい。他のお友達と約束してて……」
か細い声で申し訳なさそうに呟くと、黒牧さんは教室を出て行ってしまう。
ここしばらく、毎日この調子だ。なぜかは分からんが、明らかに避けられている。
今までは他人が俺にどんな感情を抱いているかなんて気にしないようにしてきたが、今回は事情が違う。
キララちゃんに嫌われたら、立ち直れる自信がない。
態度が変わった理由を追求したらもっと嫌がられるかもしれんが、このまま疎遠になるよりはマシだ。
翌日。昼休み開始のチャイムが鳴ったと同時に、俺は動いた。
「黒牧さん、少し話がしたいんだけど」
「えっと。今日もちょっと……」
こちらを向くこともなく断ろうとする彼女の言葉を、あえて遮る。
「俺、なにか気に障ることしたかな? もしそうなら謝るよ」
「ち、違っ!」
慌てて否定しようとして、分厚い眼鏡のレンズが俺を捉えた。
「っ……!」
しかし、黒牧さんはすぐに顔を背ける。
そのまま、素早く弁当箱を持って彼女は駆け出した。
「黒牧さん!」
俺の声を振り切って走る彼女の姿が、同級生たちの制服に一瞬で紛れてしまう。
浮遊する衣服の群れは動きが予測できず、走って追いかけることもできない。
俺が廊下に出た頃には、目印になりそうな弁当箱も黒縁眼鏡もどこにも見当たらなかった。
だが、人目を避けて食事を取れる場所は限られている。
俺は落ち着いて一つずつ黒牧さんが行きそうな昼食スポットを探して回った。
体育館の裏手と保健室は空振りに終わり、立ち入り禁止になっている屋上へと繋がる階段を息を切らせながら登る。
最上階の踊り場に辿り着くと、そこには体育座りしている女子制服があった。床には黒牧さんの可愛らしい巾着袋が置かれている。
「ふう。やっと見つけた」
「須々木くん……」
「どうして逃げるんだ? この前のカラオケ特訓、もしかして嫌だったのか?」
観念したかのように、黒牧さんは立ち上がった。
「ううん。違うの……」
彼女は悲しそうな声色を響かせながら、一歩前に出た。
「須々木くんは悪くない。悪いのはわたしなの」
「え?」
話が見えない。善性の塊みたいな彼女が、悪いことなんてするはずないからな。
「カラオケでね。須々木くんの病気が治るかもしれないと思った時。わたし、怖くなったの」
黒牧さんの見えない両手が添えられたスカートに、クシャッと皺が寄る。
「須々木くんにわたしの顔を見られたら、嫌われるんじゃないかって」
「なっ! そんなことあるわけないじゃないか!」
ついつい声を荒げてしまった。
俺の彼女への愛は、生半可なことで揺らいだりはしない。
「でも、わたしどうしても不安で……。須々木くんの病気が治らなければ、なんて。ひどいことを考えちゃったの」
黒牧さんは自嘲するように呟く。
「最低だよね。須々木くんは嫌いにならないって言ってくれたのに、わたしは保身のためにあなたの不幸を願ったんだよ」
俺の顔を見ていられなくなったのか、彼女の眼鏡が足元へと向けられる。
「こんなわたしに、須々木くんと仲良くする資格なんてないの」
眼鏡のレンズに水滴が滴り落ちた。
不甲斐ない。ファンを名乗っておきながら、彼女の気持ちに気づかず泣かせてしまうなんて。
「いや。悪いのは俺だ。俺の愛が足りなかったから、黒牧さんを不安にさせてしまった」
俺は感情のままに、彼女の吐息を感じるくらいの至近距離まで一気に進み出た。
「断言する。黒牧さんはかわいい!」
「へ?」
「声がかわいい。性格もかわいい。そして、苦手な歌を俺たちリスナーのために練習してくれる。そのハートがかわいい!」
制服の袖がパタパタと小鳥のように羽ばたく。
戸惑う黒牧さんの仕草もかわいい!
「そんな俺のアイドルを嫌いになるわけがない!」
俺の中の愛が爆発し、全身が熱くなるのを感じる。
その瞬間。黒牧さんの姿がはっきりと俺の目に映った。
「そ、そんなにかわいいって言われたら、わたし……」
眩暈を起こしたかのようにふらついた彼女の手を、とっさに掴む。
倒れそうになった黒牧さんの身体を支えた拍子に、俺と彼女の顔がさらに接近する。
「やっぱり、俺の気持ちは変わらない」
「え?」
「美容に気を遣ってるだけあって、肌がもっちりしてる。パルメザンチーズ、効果出てると思うぞ」
「わたしの顔、見えてるの?」
驚きと不安が混在する彼女の表情も、なにもかもが見える。
「ああ。左目の下の泣きボクロ、俺は好きだ。また、新しい推しポイントを見つけちまったな」
「そ、そんな風に褒められたの、初めてだよぉ……」
黒牧さんの顔が真っ赤になっていく。
恥じらう彼女の表情も、超絶かわいかった。
「これからはもっと黒牧さんのいい所、教えてあげられるぜ。だからさ――」
言いかけてハッとする。
彼女の姿が、また半透明になり始めている。
「待って。今度はわたしから伝えさせて」
黒牧さんの真剣な眼差しが徐々に見えなくなっていく。
でも、不思議と心は満ち足りていた。
「わたし、須々木くんとまた一緒に遊びに行きたい」
「ああ。行こうぜ。カラオケ」
彼女の姿が見えても見えなくても、そんなことは関係ない。
「わたし、まだなにも恩返しできてないから、さ。徹くんのためだけの特別ライブ、見せてあげるね!」
最後に見えた黒牧さんの笑顔は、天使のように輝いていた。
これからもずっと、キララちゃんを推していこう。一生だ。
俺は改めてそう心に誓ったのだった。
逆透明人間の須々木くんは推し活したい 尾藤みそぎ @bitou_misogi
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