第6話 光の大宮殿

 Liberatorリベレーターというゲームにおいて、プレイヤーのレベルは存在しない。また【力】【耐久】【器用】といったよくあるステータも存在しない。


 あるのは選択した職業の【熟練度】。そして【体力】と【魔力】の三つだけだ。

 プレイヤーは【熟練度】の上昇で才能が徐々に開花し、【体力】や【魔力】は体を鍛えることで最大値が増える仕組みになっている。

 格闘技を習い、練習すれば上手になっていき、身体を鍛えれば体力や魔力が増えてくる。そんなイメージだ。


 スタート時の能力が気になったヒサトは、自身の能力値を確認。能力値は両手に表示される。

 左手の甲に表示されるのがメイン職業とサブ職業の熟練度。右手の甲に表示されるのが体力と魔力である。これらは自分の意思でON,OFFができるようになっている。


 ヒサトの手の表示される職業。その熟練度はメイン職業、サブ職業ともに1。そして体力と魔力はいずも20になっていた。


「なるほど。これが今現在の俺の能力値か」


 始めたばかりだからこんなものだろう。これで数値が高ければキャラクターを育てることにやり甲斐を感じないところであった。


 さて、これからどうするかとヒサトが視線を森に向けたところで、頭の中に声が鳴り響く。


『警告。警告。所属不明の違法渡航者の存在を確認。場所はアブルフェダー荒野。数、およそ18万人』


「!?」


『護領隊を除く第二等級、第三等級の者達はアブルフェダー荒野に移動せよ。第一等級および第四等級以下の者達はそのまま待機。繰り返します。所属不明の違法渡航者の存在を確認……』


「イベントの発生か? ……まあ俺には関係ないか。場所分かんないし」


 移動手段なし。武器なし。道具なし。おまけに熟練度は1。イベント参加は見送るという選択しかできなかった。


「さて、どっちに向かって行けばいいのやら」


 地図は無く、情報もない。

 だからといってずっとここに留まることなど出来ない。だが、目印もなく突き進むことは迷子になってしまう。真っ直ぐ進んでいたつもりでも実は同じ所をグルグル回っていた、なんてことも起こり得る。


 人工建造物はおろか、道の類すら見当たらない。


「あそこの湖を目指すか」


 目標を決めたヒサトは全てを拒絶するかのような森に入っていく。

 森の中は絡み合った枝のせいで陽の光が届かず、日中でも薄暗い。地面はまるで乾き方を忘れたように湿っていた。土の上には枯れ葉や枯れ枝が積み重なりあう。

 鼻腔をくすぐるのは、湿った土と腐葉土の匂い。耳に届くのは、風が木々の葉を揺らす音と遠くで聞こえる鳥の声。肌を撫でる空気は、ひんやりとしていて心地良い。五感がここが現実だと錯覚させる。凄い技術だ。これが仮想世界だとは、にわかに信じ難い。


 歩き始めて1時間。

 湖の更に背後にある高い山を目指して歩いてあることに気が付く。


「息切れしないし、体も疲れない」


 これが本物の体であれば、運動不足だったヒサトの足はとうの昔に限界を迎えていただろう。体力もそうだ。これ程長い時間歩いているのに呼吸が辛くならない。


 体力値を確認する。体力値は16で4ポイント減っていた。


「このまま進んでも大丈夫そうだな」


 ヒサトは再び森の中を歩き始めた。



 足元が悪いなか歩くこと3時間。

 目的地に着いたヒサトは湖に近づく。水は透き通って透明度が高く、湖底が見える。


 両手で水をすくう。


 ――冷たい。


 いくらなんでもおかしい。

 1年前に体感型MMORPGをプレイした時から技術が飛躍しすぎている。

 全身で風を感じ、液体をすくうことが出来て部分的に冷たさを感じる。ゲームの世界なのに風景が細部にまでリアルに作り込まれて違和感が無さすぎる。それに土の匂いを感じ、腐葉土を踏みしめる足裏の感覚。どれもこれも異常だ。


「……本当に、ゲームの世界、なのか」


 さっきまで、ここは景色がよく落ち着いた場所で好感が持てていた。だが、異様な現状に気付いたことで、逆にこの静寂さと鮮やかな風景が恐ろしくなり、体中からいっぺんに汗が流れ落ちていくような感覚に囚われる。


 一度ゲームを止めよう。


「ログアウト!!」


 視線をキョロキョロと動かし、ログアウトの文字を探し始める。

 文字を探す時間とともにヒサトの呼吸が徐々に浅くなる。


 ――ログアウトが出てこない。


「そ、そんな」


 他のことを考えるほど心理的な余裕はもう無い。

 慌てて他の機能を呼び出そうと試みる。GMコール、強制終了。反応するコマンドは一つもない。


――システムから完全に除外されている。


「いや、冗談キツイって……」


 驚愕。混乱。狼狽。いくつもの感情がヒサトの中で混ざり合う。


「出ろッ。出ろよ。ログアウト! ログアウトッ!! ログアウトぉ!!!」


 悲鳴のように吼えた蛮声は森の中に静かに消えていく。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


 小刻みに息を吐きだす。


 フラリ。

 世界が回る。


「えっ!」


 体勢が崩れ、倒れる、と思った瞬間に左肩が水に衝突していた。全身が水に浸かり、ようやく自分が湖に落ちたことに気付いた。受け身は取れていない。というより体が動かない。


(一体なにが!? ――ッ、もしかして。ステータス!!)


 右手の甲を視線の先に捉える。

 ヒサトの目に入ったのは体力0の文字。


(そうか。体力が0になったらこうなるのか)


 今の体はヒサトの分身であり、キャラクターだ。有機体としての人間の構造ではないため、体が完全に水の中に沈んでも息苦しさを感じることはない。


 体力が回復するまで待つしかなかった。


 全身で水を感じ、水の流れに身を委ねて体が流される。


(待て。ここは湖だろ。出口が無いのになんで水の流れが発生するんだ)


 ヒサトの不安をよそに、体は湖の底に向かってどんどん沈んで行く。

 あと少しで湖底というところで横から強い流れがやってきた。


 水が流れる先。それは光の祭典のごとく、壁一面青白く発光している洞窟だった。口を開いて待ち構えている洞窟に吸い込まれたヒサトは、その幻想的な光のトンネルの中を漂う。


 200メートルほど流されると突如水の流れが変わる。上か、下か。どこかへ押し出されるような感覚の中、体が空中に投げ出された。


 空だ。


 ヒサトは湖から脱出し、放物線を描くように地面に落下した。


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