第5話 知らない単語
「ヒサトといいます」
「ヒサトといいます、か。長くて変わった名前だな」
「え?」
「ふっ、ラニブラジョークだ、ヒサト」
そう言うと、静かに剣を下げる男性。
「ラ、ラニブラ?」
くだらないジョークと聞いたことない単語で二重に困惑する。
「ああ、ラニブラだ」
男はその単語が常識であるかのように話しながら、剣を鞘に納めた。
「……ところでレイア大陸って聞いたことありますか?」
「聞いたことないな。もし、そのレイアってのが人の名であれば探せばどこかで見つかるかもしれんがな」
ヒサトは事前に調べていたストーリーとの乖離に戸惑い、この展開に意味が分からず呆気にとられる。
本来であれば街に降り立ち、そこから最初の所持金で必要物資を購入して物語を進めていく流れになっている。それが最初に降り立った場所はログハウス。そしてレイア大陸を『知らない』と答える目の前の男。
少し普通ではないこの状況にヒサトは「隠しルートでも引いたか」と若干心が躍る。
「それで。ワイトリターンしたようだが、満足する結果が得られたのか?」
(ワイトリターン? ヤバい。言ってる意味が分かんねぇ。しょっぱなから変人に絡まれるなんてツイてなさすぎだろ)
悩むくらいならいっそのこと全てプレイヤーだと認識するべきだろう。
人によってはNPCに高圧的な態度をとる者もいるが、ヒサトはそのような考えは持ち合わせていなかった。
男の質問に対する答えは2択で、はい。か、いいえ。だ。
「はい」
意味が分からないので適当に返事を返す。
「ちなみに前はどこで活動してたんだ?」
(この男。質問の目的は何なんだ? 前ってなんだよ? ベータ版のことを言ってるのか)
ヒサトはベータ版をプレイしたことはないので正直に答える。
「いえ、今回が初めてです」
男が怪訝な顔を見せる。
「そうか。……それは前の話はしたくないということだな」
「いや、初めてだと答えたのに、何でそれが話したくないってことになるんですか?」
どう解釈したら『話したくない』になるのか理解できず、若干語気が強まる。
「アバターを白紙に戻すほどの奴と会うのは初めてだったから少し気になってな。不快にさせる気持ちはなかった。すまない」
ヒサトは軽く頭を下げる男を冷めた目で見ながら思案する。
(アバターの白紙? これまた意味わからん)
ヒサトは混乱していた。
「呼び止めてすまなかった。もう会うことは無いかもしれんが頑張れよ」
そう言ってログハウスから出ていく男をヒサトは無言で見送った。
◆◆◆◆◆◆
しばらくして。
独りになったことでヒサトは落ち着きを取り戻す。
「ネット情報と違う」
今までの出来事を思い出す。
最初の異変はキャラ設定だ。途中まではよかった。そう、目の前が突然ブラックアウトするまでは。
それからだ。キャラ設定で光の球が出現するなど聞いたことない。
「あの球、何て言ってたっけ? ……確か『今からこの世界に合うようにアバターを調整するね』だったはず」
キャラ設定中にバージョンアップでもしたのだろうか。
「いや、それはない」
ヒサトはその考えをすぐに否定する。誰かがログインした状態でのアップデートは、プレイヤーの精神が汚染される可能性があるため禁止されている。それにゲーム機本体の方にも安全装置が備え付けられており、異常を感知したら緊急ログアウト機能が作動するはずだ。
それに事前情報とは異なる点は他にもある。
最初に降り立った場所がログハウスであったことだ。
ヒサトはぐるりと室内を見渡す。
ワンルームで窓はない。棚も無ければ椅子もない。家具や道具は何一つ置いていなかった。この部屋に唯一取り付けられているドアは先ほど男が出て行く際に開閉したドアである。
この部屋で見るべき物はなにも無い。ヒサトはドアに向かって歩く。
ドアノブをゆっくり回すと、ドアの隙間から生温い風が入り込んだ。
完全開放したドアの向こう側。そこに広がっていたのは、陽に照らされる壮麗なる山の風景。幾つかの尾根がなだらかな起伏を描いていた。
日惺は山の中腹の開けた場所に降り立つ。そこは他を寄せ付けない、絶え間無く続く樹の海に囲まれた場所だった。
雄大な自然を前に日惺は疲れたような溜息を一つ漏らし、その場に腰を下ろす。
「どおりで人気が出るはずだ。 ……リアルすぎるだろ。」
ゲームの進化に言葉を失う。
今の状況が前情報と違うからといって、ゲームを止める理由にはなりえない。スタートで若干混乱したが、ゲームは攻略本とか見ずに自力でプレイすることで、本来の楽しさやクリアした時の達成感を味わうものである。
現実を超える色鮮やかなグラフィックで気持ちが昂る。
「よしっ、進めるか」
――男の視点――
【ラニブラ】という世界にとって始まりの場所であるログハウスを出ると、男――ハムザ・ペレクスはその場に立ち止まる。
「ふう。少し落ち着きがなかったな、あの少年」
ハムザは左耳に付けた銀のピアス触れて自身の相棒であるアンナ・セラムニウを思い浮かべる。
『おーい。そろそろ迎えに来てくれないか』
ハムザが身に着けているピアスは通信アイテムであり、登録している者同士であれば、名前や顔を思い浮かべてピアスに触れるだけで会話ができる。会話といっても実際に声は発しない。お互いの脳内に直接会話をするので秘匿性にも優れている。
『もういいの? アレ見つかった?』
『いや、全然。手応えなし。この辺に居ると思ったんだけどなぁ。気長に捜していくしかないって感じ』
本気でアレが見つかるとは思っていなかったため、言葉尻は比較的軽い。
(それにしても初めて会ったな、ワイトリターンした奴に)
ワイトリターン。つまりアバターの初期化である。これまで成長させた能力等を全てリセットすることだ。
「エキュル。今何年だっけ?」
呼ばれて出てきたのはリスの形をした小動物だった。胸元のポケットから顔を出すエキュル。
「ラニブラ歴321年9月21日だね」
(つまりあいつは321年分の経験値をリセットしたということか。始めた頃ならまだしも、今さらワイトリターンは無理だな)
人それぞれか。そう結論付けたところでアンナから連絡が入る。
『着いたわ。今から転送するね』
上空を見上げるとタマゴ型の乗り物の移動船が頭上に停船していた。
『ああ、頼む』
こうしてハムザはその場から消えたのであった。
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