第3話 崩れる平穏

 期末テストが終わった次の日の土曜日。

 

 日惺はテスト期間中、これから始めるゲーム『Liberatorリベレーター』の情報を集め、どの種族と職業を組み合わせたら自分が楽しめるのか、ずっと妄想していた。

 

 一度ゲームを始めてしまうと止め時を見失い、いつまでも続けてしまう性分をしていることは自分がよく知っている。

 だからテスト終わるまで考えるだけにとどめて我慢して待ったのだ。


 そして、とうとうその妄想を実行に移す日がやってきた。


 キャラクター作りとチュートリアルで1日ほど時間をとり、幼馴染みのめぐみとは明日ゲーム内で会うことになっている。


 専用ヘッドギアを装着し、ワクワクしながらゲームを起動する。するとふっと意識が身体から切り離され、まるで眠りに付くように意識が暗転した。


 20畳ほどの広さをした丸い空間。

 その中心に日惺はいた。体は無いが、そこに意識だけははっきりと存在していた。


「種族を決めて下さい」


 中性的な音声サポートによる案内でキャラクター設定が始まる。


 部屋の中心にいる日惺を囲むように、円形の壁に沿って9種族全てのキャラクターが等間隔で現れる。各種族の男女ともに全て同じ身長となっており、顔はないが髪の長さや種族特性で判断できるようになっている。


 周囲を一瞥した日惺が全く特徴の無い人族(男性型)に意識を集中させると、選択した人族(男性型)以外は全て消えた。


 人族は最も人気が無い種族である。

多くの者は仮想世界で楽しむため普段の自分とは違う、現実では有り得ない種族を選択するからである。しかも人族は突出した能力は持っていない。この平均的な能力も人族の不人気さを助長させていた。


 選んだ人族のキャラクターに日惺の意識が宿る。現実の身体データをスキャンした結果が反映され、顔や体つきが現実世界の日惺に似た形に変わっていく。


 視線を下向ける。目に入ったのは何も身に着けていない裸体。それはシミ一つない綺麗な肌をしたキャラクターの身体であった。


 日惺は体の動きを確かめるかのようにゆっくりと手や足を動かす。


「すごい、自分の身体みたいだ」


 キャラクターの動作と自分の意識の一体感に感嘆する。


「名前を決めて下さい」


 目の前に出現するキーボード。


 昔は音声認識で名前を登録するゲームもあったが、「じゃあ日惺で」と言うと『じゃあひさとで』に変換されたり、漢字を使用した名前にしたくても、音声だけで希望する漢字を伝えることが難しいなどの問題に直面した。


 その結果、利用者から使い難いという意見が多く寄せられることとなり、現在では名前の入力はキーボードが主流となっている。


 日惺は片仮名で『ヒサト』と入力。


「年齢を入力して下さい」


 日惺は自分の年齢である17歳を入力。


「メイン職業を選択して下さい」


 剣士、槍士、魔法使い、僧侶、盗賊、商人といった様々な職業が浮かび上がる。

 剣士を選択すると大剣、小剣、長剣、短剣、細剣など様々な剣の種類が出てくるが、それらの職業を全て無視し、日惺は人族限定職業を選ぶ。


 いくつかリストが上がる中、一つの職業に目が止まる。


魔成士まじょうし


 これは『魔素生成士』とも呼ばれ、メイン職業でしか選択できない数ある特殊職業の一つである。


 魔素とは大気中に漂う粒子のことで、魔力という魔法や魔技を使用するためのエネルギーを自然回復させる唯一の手段という設定になっている。魔力を使う者にとって必要不可欠な存在である魔素。これを自然発生ではなく、人工的に生成すことができる特殊な職業が『魔成士』である。


 また戦闘面においては、魔素を生成して周囲の魔素を濃くすることで一時的に魔法や魔技の効果を高めると同時に、魔力の回復を早めるという効果を周囲に与え、味方を支援する役割を担う。


 そんなプレミア感のある『魔成士』ではあるが、新規プレイヤーでこの職業を選択する者はもういない。


 サービス開始当初は、この人族限定『魔成士』という特殊性から一定数『魔成士』は存在していた。更にはその存在から憶測が憶測を呼び、最終的にはLiberatorリベレーターの世界では、魔力を回復させるために魔素を際限なく使用してしまうと、魔素の総量が減ってしまい、そのうち世界中の魔素が枯渇して魔力が自然回復しなくなるのではないかとさえ噂されるまでに至る。


 しかし、その可能性は絶対に起こり得ないということが確定した。


 ストーリーを進めていくと、世界中に点在する龍穴と呼ばれる大地の穴から常に魔素が放出され、空気中の魔素の量は常に一定に保たれているという設定になっていることが解ったからである。


 それでもまだ少数ではあるが『魔成士』を選択する者はいた。周囲の魔素濃度が高くなると魔法や魔技の効果が高まるということもまた事実だったからである。

 

 その隙間を狙って活路を見出す者もいたが、実は周囲の魔素濃度が高くなると同じ空間に存在する敵もまた魔法効果が高まることが解ったのである。


 つまり、魔素を生成して周囲の魔素を濃くすると敵味方関係なく魔法や魔技の効果を上げてしまうのだ。


 ――使い勝手の悪い職業。使えない職業。


 それが今のプレイヤー達の共通認識になっていた。


 だが、日惺は迷うこと無く『魔成士』を選択。

 なぜなら一週間前のアップデートで魔素が無い特殊エリアが発見されたからである。しかも装備品以外の道具が使用出来ないという鬼畜仕様。魔力は自然回復しないし、魔力回復薬のような使い捨てのアイテムも使えない。


 プレイヤー達には魔力を回復させる手段がなかったのだ。


 そこで再び注目の的となったのが『魔成士』である。


 しかし時すでに遅し。『魔成士』でプレイしていたプレイヤーは種族や職業を変えて再スタートさせており、新規参入者以外に『魔成士』を選択する者がいなかった。


 日惺はこれから需要が増えるのでは無いかと考え、一部の者しか興味を持たないような特殊な職業を迷わず選択したのだった。


「サブ職業を選択して下さい」


 次に選択する職業は、自衛の手段として『棍棒使い』を選ぶ。


 武器を扱う職業であれば、刃が付いている武器を使用する方が殺傷力は高く、敵にダメージを与えやすいのだが、このゲームでは正しく武器を振らないと刃が欠ける仕様になっている。更に適切なメンテナンスも必要になり、維持するのにお金がかかってしまう。

 それに、刃物で切りかかるとはいっても実際にゲーム内の相手の腕が切断されたり、刃が体に刺さったりすることもない。ただ数字化したダメージを与えるだけである。


 そう考えると、棍棒であれば少々傷付いても武器としての機能は落ちることなく、振ればどんな方向に当たっても相手にダメージを与えられるし、怯ませることもできる。

 一撃で与えるダメージは刃物による攻撃より弱いが、そこは持久戦か手数の多さでカバーしようと考えての決断だった。



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