第2話 15日前
6月下旬の夕方。
雨が降り注ぐ駅のホーム。
駅舎に面した単式ホームと二面の島式ホームで構成されたこの駅は、複数の学校の最寄り駅ということもあって朝夕は学生の喧騒で埋め尽くされていた。
一時間に一本しか来ない二両編成の電車の到着を今か今かと待っている少年――
駅に備え付けられた時計をチラリと見上げる。時刻は15時58分。
――あと10分。
先程確認した時からまだ3分も経っていない。
時間は常に同じ間隔を保っているはずなのに、今日はやけに1分が長い。
読書に飽きてしまったのだろうか。文字を読んでも内容が頭に入ってこない。
「ひ~さりん。一緒に帰ろう」
突如聞こえた涼やかな音色が今の退屈な環境を上書きする。
ボーッと眺めていたスマホの画面から視線を外して顔を上げると、そこには日惺が通う高校の制服を着た幼馴染の赤原めぐみが立っていた。
めぐみは柔らかい眼差しを日惺に向け、肩口まで伸ばした艶のある黒髪をゆっくり耳にかける。
めぐみとの初めての出会いは近所の公園だった。
それは日惺がまだ1歳頃のこと。一人歩きをようやく始め、刺激を求めて外出した際に偶然出会った女の子。それがこの赤原めぐみである。
当然ながら対面しても本人同士で会話が成り立たつはずがない。時々「あー」とか「だぁ」を発してはいるものの、お互い宇宙人でも見るかのように相手の顔をガン見したまま棒立ちである。
この時の主役は二人の母親であった。
会話によってお互いの家が近いことを知った親同士は意気投合。子供に同年代の友達を作ってあげたいという意識が多分にあったが、共通点も多くあって気が合ったのだ。それからというもの、お互いの家に泊まったりするほどの仲に発展することになる。
小学生高学年になると、めぐみが女の子ということもあってお泊り会は無くなってしまったが、今でも家族ぐるみの付き合いは良好だ。
「おー珍しいな、こんな時間に。部活は? 体調でも悪いのか?」
平日のこんな時間で出会うはずがないめぐみの姿に驚く日惺。
テニス部に所属しているめぐみが帰宅部の日惺と同じ時間帯で出会うことなどまず有り得ない。
「なに言ってんのよ。今日から期末テストが終わるまでどこの部活も休みじゃない」
目を細めためぐみから呆れたような声が返ってくる。
日惺は周囲を見渡す。
いつもよりホームに学生が多いのは気のせいではなかったようだ。参考書を片手に電車を待つ学生が視界に入る。待ち時間のちょっとした時間でさえも惜しいのだろう。
いつも同じ車両に一人で乗っている名も知らない顔馴染みの他校の学生も今日は男友達に囲まれていた。
タイミングが良いのか悪いのか。相手側も日惺に気付くとそのまま視線が横に移動。すると相手の表情が「お前、ぼっちじゃないのかよ! しかも相手は女子!?」と驚きに変わった。
(そんなに驚くことないだろ)
めぐみが話し掛けて来るまで一人ぼっちだった日惺。男友達がいないわけではないがそれはごく少数。その数少ない友人は帰る方向が違うのでここにはいない。
日惺としては友達に囲まれて楽しそうに談笑している相手を羨ましいだとか、そういった感情を持つことは無かった。仮にそれが女の子と一緒に居てもだ。
とういうのも、日惺は他人に興味を持つことがほとんど無い。自分の人生と交わることが無い他人の交友関係など、はっきり言ってどうでもよかった。
日惺は名も知らない顔馴染みの男に向けていた視線をめぐみに戻す。
「俺が所属している帰宅部にはそんな連絡は無かったぞ?」
「はぁ。バカなこと言ってないでちゃんと期末テストの勉強しなさいよね」
大きく息を吐き出して口煩い母親と同じ台詞を言うめぐみ。
だが、日惺の成績は心配されるほど悪くない。赤点は一度も取ったことはないし、学年順位でいえば真ん中より少し上くらいだ。
「まあ、いつも通り赤点を取らない程度には頑張るさ」
「ならその調子で卒業するまで頑張ってね」
少しだけ腰を曲げ、顔を覗き込みながら上目遣いで言うめぐみの姿にドキリと心臓が高鳴る。
しかも、白い半袖制服の上に着たベージュ色のベストの上からでも主張してくる二つの果実は効果抜群だ。
恥ずかしさを隠すかのように日惺は思わず視線を逸らす。
「へいへい」
と軽く言葉を返すのが精一杯だった。
「そういえば、友達から『
「あー、あの途中まで無料ゲームね」
テレビCMやネット広告によく表示され、今現在日本中を熱狂の渦に巻き込んでいる体感型MMORPG<
体感型とは、頭を覆うようなヘルメット型の専用ヘッドギアを利用して五感を投入し、仮想の世界でも現実にいるかのように遊べるゲームのことである。
キャッチコピーは『娯楽を追求せよ』だ。
発売から約10ヶ月。ゲーム熱は冷めることなく、逆に発売当時よりヒートアップしている。
『
選べる種族は人族、獣族、龍族、妖精族、蟲族、魚族、鳥族、魔族、死族の9種族。更にそこから選択肢が増える。
例えば、獣族であれば虎型や狼型。龍族であれば火龍や水龍といった種類の選択だ。その数300種類。男型、女型を含めるとキャラクターの選択だけで600種類にも及ぶ。
次に職業。これはメイン職業とサブ職業を選べることができる。
職業は基本職や上級職等を合わせて800。もちろん種族によっては選択できない職業もあるが、それでも膨大な数の職業がある。
つまり意図的を除いて、同じキャラクターを作ることがほぼできないということだ。
また、ゲームをプレイして手に入れた素材や、その素材を使ってオリジナル武器やオリジナルアイテムを製作し、それを仮想通貨を通して売買することで、個人収益として利益を得ることはできるのも魅力の一つとなっている。
「興味はあるけど、まだプレイしたことはないな」
ゲームが嫌いと言う訳では無いが、どちらかと言うと1人でプレイしたい派だ。過去にオンラインゲームをプレイしたことはあるが、他人と協力して遊ぶということに今ひとつハマらなかったのもそんな理由があった。
「そうなんだ。だったら一緒に始めてみない? 1人で始めるのはちょっと不安なんだよね」
めぐみはオンラインゲームをプレイしたことがなかったため、不安を感じて日惺を誘う。
「そうだな。こんなに話題になってるし、ものは試しでやってみるか」
日惺が承諾したことでめぐみの顔に喜色が溢れる。
「ただ、課金組には絶対勝てないからあいつらと競おうとか思うなよ」
「もう。それくらい分かってるわよ。じゃあ、期末テストが終わったら一緒に始めようね」
「お、おう」
すでに脳内はゲームのことで一杯になっていた日惺。期末テストという単語を聞いて一瞬でその言葉が頭から抜け落ちていたことに気付き、自分の都合のいい頭の出来に動揺しながら返事を返した。
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