私とぼくと

黒い世界に降り注ぐ雨は、次第に勢いを増していった。


再び孤独となった私は淡い黄色のビニール傘を差し、状況を理解すること自体を拒むかのように、あてもなく歩き続けていた。


目的地などない空間を歩きながら、先刻の出来事を回想する。

彼女は、いったい何を伝えたかったのだろうか。

何度も考察を試みるものの、答えは出ない。

ただ、手元に残された傘だけが、確かに彼女の存在を証明していた。

私は柄を握る力を、ほんの少しだけ強める。


そのとき、足元が仄かに照らされた。


顔を上げると、黒一色だった空間に、突如として無機質な電柱が出現していた。

電柱の上部にはLEDライトが取り付けられており、淡い白色の光が雨粒を照らしている。


一本だけではない。いくつもの電柱が、まるで道を形作るかのように、一定の間隔で点々とそびえ立っていた。

私はその光を頼りに、次の電柱へ、また次の電柱へと歩を進めていく。


闇をわずかに押し退けるその光は、たとえ弱々しくとも、私の心を灯すには十分だった。


ふと、前方に視線をやる。


小さな人影が、雨の向こうでぼうっと揺らいで見えた。


一瞬、全身が強張る。

胸の奥に渦巻く不安の靄は消える気配を見せない。


その人影もまた、安っぽい水色のビニール傘を差していた。

LEDライトの逆光のせいで顔は黒く潰れ、表情は読み取れない。


黄色い長靴。

紺色のショートパンツ。

そして、どきりとするほど鮮烈な赤いTシャツが、黒の世界の中で不安定に浮かび上がっていた。


「ぼくは誰でしょう」


どこかで聞いたような問いが、再び私に襲いかかった。

声の質からして、今度は少年だと判断できる。

だが、先ほどと同様に、少年の顔は闇に溶け込んだままだった。


「それは、道をみんなで使うために必要なもの」


道をみんなで使うために必要? 

全体を統率する規則のような存在なのだろうか。

少年は淡々と、抑揚のない声で続ける。


「それは、三つの色が規則的に変動するよ」


そこまで聞いて、答えは自然と形を成した。

だが、少年と出会ったときから感じていた胸騒ぎが、嫌悪感を抱くほどに膨れ上がっていた。

雨の雫が入り込んだのか、冷たい水が背筋につうっと伝う。


しかし、考えるより先に、言葉が喉を通り抜ける。


「それは……信号機……?」


その瞬間だった。


少年が一歩、前へと足を踏み込んだ。

その顔に、ふっと淡い光が当たる。

水色の傘越しに照らされたそれは、ほんの一瞬だった。


だが、私は確かに見てしまった。


鼻から下が、ない。

歯も、唇も、顎と呼べる部分すら存在していなかった。


光を失った黒い瞳が、私の瞳孔を射抜いた、その刹那。


ばつん。


音を立てるように、すべての光が消えた。

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