第8話
受け入れ難い事実を何とか咀嚼して、飲み込んだ。
いや、話を大きくしすぎた。正直に言うと、まだ心にニガリが残っている。
だが、やるしかないんだ。兎が目の前にいる以上。現実に、なっている以上。
俺はとにかく兎の事をネットで調べ、本を読み、慎重にお世話をした。
なるたけ高級な兎用の餌も与えたのだが、一口二口含んで食べない。毛づくろいの時は意外と大人しいが、食事の時はどうしても食べない。兎の餌の質を替えても、同じ。
これでは、ないはずの愛情を取り繕って兎に与える隙もない。
それが毎日続いて苛立っていた頃、瑠奈のお父さんが家にやってきた。
「借りていた本を、返そうと思ってね」
瑠奈がいなくなっても、瑠奈のご両親とは変わらず交流を続けているという線になっているらしい。
今だって、瑠奈のお父さんとは本を貸し借りする仲だったが、それはちゃんと記憶に残っているらしい。
無礼を働いたのに、優しく接してくれる様子が心に沁みた。
「ありがとうございます……」
「健太くん、どうしたんだい? 酷いクマじゃないか」
「ああ、ちょっと、課題が行き詰まって」
適当に嘘をついて、早めに切り上げようとした。兎がいる事は、両親にも内緒だ。瑠奈のお父さん経由でばれたら元も子もない。
だが、瑠奈のお父さんはこう引き留めた。
「じゃあ、気分転換に二階の本棚に来ないか? ちょうど掃除し終わってね。見てもらいたいんだ」
二階の部屋……瑠奈の部屋か。久し振りに、瑠奈の部屋に行きたくなった。
あともう少しで満月になる日が近くなるから、部屋をこっそり整理できないだろうか。
瑠奈が帰ってきても、過ごしやすいように。
まあ、本音はただただ瑠奈の部屋に行きたいだけだが。
多分、疲れていると思う。瑠奈という存在がいないだけで、癒しが、欲しい。
馬鹿になった頭を働かせながら、俺は了承した。
二階の瑠奈の部屋に案内された。
「どうだい? 綺麗だろう?」
そこには瑠奈の要素など何一つなかった。
哲学やあらゆる偉人の思想を綴った本が部屋一面の本棚に所狭しと詰まっている。
いつもなら喜ぶところだが、逆に心のどこかで甘い期待が急激に萎んでいった。
さっさと出ようとしたが、古ぼけた一冊の本が目に入った入った。
周りが新品同然に綺麗なのに、背表紙がボロボロに剥がれ、赤茶色に色褪せている。反射的にその本を手に取る。
瑠奈のお父さんにこの本は何だと尋ねたかったが、ちょうど仕事の電話が入って部屋から出て行ってしまった。
俺は気になってちょっと見るつもりで本を開いた。それは、瑠奈の日記だった。
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