第7話

 目覚めた時には、自室のベッドにいた。なんだ今のは夢か。


 もう朝だし、早く瑠奈を起こさないと。そう思い、床に足をつけると、嫌にモフモフとした感触がして足を退けた。


 俺の床には、カーペットは敷いていない。だから、感触自体がおかしい。何より、足を退ける一瞬の間、身じろぐ感覚がした。


 奇妙な現象の正体を、恐る恐る探る。床に這い出て、自室を注意深く見渡した。すると、部屋の隅の方に、白い塊が僅かに震えている姿を発見した。


 なんなんだ、あれ……。見慣れない物体に、俺はとりあえず気休めの枕を片手に、ジリジリと接近する。


 近づいていくことに気づいたのか、塊は大きく身震いし、ゆっくりと変形した。丸くなっていた姿が、急に縦に大きくなって、思わず枕カバーを握りしめる。

 

 細長い何かがひょっこりと伸び、つぶらな丸いビーズ状の物体がその下に二つ。小さな逆三角形のものが真ん中にあり、小刻みに動かしている。


 ——次の満月まで兎ちゃんが健康だったら、私はケンちゃんの側にいるよ。


 瑠奈の言葉が、脳裏に浮かんで、俺の背筋をなぞった。触れた箇所からたちまち冷たくなり、冷や汗を垂らす事なんて、容易だった。


 瑠奈が言った通りの事が、現実になった。


 床の隅にいたのは、兎だったのだ。


 いや、嘘だ、これはなんかの夢だ、まだ夢を見ているんだ。


 すぐに自分自身に繰り返し言い聞かせ、自室を勢い良く出る。


 瑠奈は、家にいるはずだ。きっと今ごろ俺が起こすまで、呑気に寝てるんだ。俺は寝巻きのまた、瑠奈の家に飛び込むように駆け込んだ。


気づいた時には、瑠奈のお母さんと出勤前の瑠奈のお父さんが驚いた顔で、立っていた。


「……健人、くん? 何、しに来たんだ?」


息を切らす俺に、瑠奈のお父さんが戸惑いながら近寄ってきた。



「何、って、瑠奈を、起こしに、来たんです」


 何とか毎朝の日課を、絞り出すように言うと、瑠奈のお母さんは困惑の色を強く浮かべた。


「瑠奈?……瑠奈ってだあれ?」

「だ、誰って貴方達の娘さんじゃないですか」

「健太くん、何を言ってるんだい? 私たちに娘なんていないよ?」



 瑠奈のお父さんは、怪訝そうにそう諭す。俺の背筋に、またはっきりと、冷たいものが触れた。


 反射的に、後ろを振り返る。


 兎が微笑みかけるように、小首を傾げて立っていた。 

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