第6話
「ありがとうね〜、ケンちゃん。手伝ってくれて」
「いえ、全然」
団子をひたすら丸めながら、瑠奈のお母さんの褒め言葉を愛想良く返す。
瑠奈の奴、遅すぎる。もうすぐ夜になるぞ。壁に吊るしてある時計の針が刻一刻と時を刻む音に、心がざわつき始めた。
「遅いわね〜、瑠奈。全く鈍臭いんだから」
鈍臭いのレベルで済ませていいのだろうか。そう不安が横切った時、玄関が開く音が聞こえた。瑠奈だな。そう直感した俺は玄関へと向かった。
「おい、瑠奈! 遅い、ぞ……」
誰もいなかった。そんなはずはない。玄関は開いたはず。後から来た瑠奈のお母さんも目を丸くしていた。
「あら、いない……? 上に上がったのかしら」
「俺見てきます!」
二段飛ばしで階段を駆け上がった。胸騒ぎを押し殺して。瑠奈の部屋の扉を勢いよく開けた。
瑠奈の姿はあった。だけど……足は床についてなかった。
浮いていたのだ、瑠奈は。
「瑠奈……お前……」
「ケンちゃん、私月になるね」
間髪入れずにそう言う瑠奈に、俺は気が動転してしまい、言いたいことがいっぱいあるのに、口を動かすことができない。
どうして浮いているんだ。
どうして月になるなんて言うんだ。
どうして……瑠奈の後ろにある窓いっぱいに満月があるんだ。
煌々と月明かりを出すのは、まだ早い時間帯だ。
「何馬鹿なこと、言ってるんだよ……」
口元をひくつかせながら喉を絞り出してそれを言うのが精一杯だった。
「……本当のことだよ」
瑠奈は浮いたまま後ろに下がった。後ろには、満月が……。
「待て!」
俺は咄嗟に腕を掴んだ。そうでもしないと、瑠奈は本当に月になりに行こうとしている
「行くな、どこにも行くな!」
必死で出た言葉がそれだった。
「ケンちゃん……」
「なんか、訳わからないこと言ってるから、訳わかんないけどさ、俺から離れるなよ!」
支離滅裂なことを言っている自覚はあるが、瑠奈を引き止めるためにはこれしかなかった。
暫く瑠奈は困った顔をしていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、ケンちゃん。ここに兎が来るから、次の満月までに世話をしてね」
「は?」
瑠奈は突拍子もない事を言い出した。驚く俺を他所に、瑠奈は立板に水のように話し始めた。
「次の満月まで兎ちゃんが健康だったら、私はケンちゃんの側にいるよ。しっかり世話してね」
難題じみた物言いに俺はさらに困惑し、問い詰めようと思ったが、急に意識が遠くなった。
「ちゃんと、やるんだよ」
瑠奈に念を押されたのは、これが初めてかもしれない。完全に意識を手放した。
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